余市のウイスキー蒸留所前にて
朝は6時過ぎに起床する。夜はかなり雨が降ったようで、屋根から音がしていた。外の様子を見ると、まだ雲が垂れこめているものの、雨はやんでいる。もう降らないだろうと、勝手に解釈して濡れたバイクを拭きに外へ出る。今日は晴れるといいいなぁ。ところで、ご主人やヘルパーさんはまだ寝ているようだ。
宿の他の部屋も見てみよう。ここは1日中出かけられなくても暇にならないよう、漫画やDVDが山ほど用意してある。畳の部屋に座椅子なんかもあって、海外から来た人も日本人もくつろげそうだ。まだ時間が早いので、当方もここで漫画を読みつつ、くつろいでみる。すると、ご主人やヘルパーさんが起きてきたようで、居間の方で何かをしている。
談話室
(蔵書も豊富だ)
そちらに行き、挨拶をすると「朝ごはんは食べますか?」と聞かれる。今の期間限定で、朝ごはんのサービスをしているということだ。これはありがたいので、二つ返事でいただくことにする。料理はヘルパーさんが担当しており、ご主人の分とまとめて作っているようだ。
居間で待っていると、待望の朝飯が。手作り感のある、しかし、量も見た目もかなり良い食事だ。握り飯はもちろん、この汁物が具だくさんで最高だ。早速いただいてみると、味噌汁は具材の味が染み出ていてめちゃ旨いよ。あ、また雨が降ってきた。さっき、バイクを拭いたばかりなのに・・・。
美味しかった朝飯
食事の後、携帯で雨雲のチェックをしておく。おいおい、小樽は午前中は雨雲の通り道になっているじゃあないか。しかし、札幌以南の方はそうでもない。しまった、苫小牧から上陸していれば、足止め喰らうことはなかったのに。そんなことをいまさら思っても後の祭りである。現実、当方は小樽にいるのだ。
これは困ったぞ、と宿のご主人に相談してみる。「ああ、別いいですよ」と延長料金無して10時以降も居てもよいということだ。どうも、ありがとうございます。さて、漫画なんかを読みつつ、空を見るが、雲の流れが早く天気が安定しない。しかし、携帯で雨雲のチェックを行うと、11時過ぎには抜けていきそうな気配だ。この頃には出発できそうなので、そろそろと準備を開始しよう。
まず服装だが、気温が20℃いかないくらいの予想が出ているので、ヒートテックのズボン下は必須だ。また、上もヒートテックの長袖を着て、ジャケットもインナーを装着する。暑けりゃ脱ぎゃええんだて、この方針に間違いはない。
それはそうと、宿のご主人とバイトの話題になる。放浪時代に海外でもバイトをしていたそうだが、日本とは少し事情が異なる。海外では、最初は「短期」で始めて後々に「長期」に切り替えるそうだ。日本では、どちらかというと「長くやってくれる人歓迎」という風潮がある。
ご主人曰く「最初から長期だと、合わないと思った時に労使お互いに辛い」と。それ故に「最初はお試しで数日やってもらい、その後期間を延ばせばよい。そうすればミスマッチは防ぐことができる」と。なるほど、その方が合理的だ。日本もそんな風に職業を選択していければ楽になるのではなかろうか、ちょっと目からうろこだった。
時刻も11時を回り、青空も見えてくる。いよいよ出発できそうだ。ご主人と女性のヘルパーさん2名に「いってらっしゃい」と見送られて、宿を後にする。一人暮らしも長く、普段送られることなど無いので気分が良い。さて、改めて濡れたマシンを拭いて、ピカピカにしての出発だ。荷物を荷台に載せて、ゴムチューブ、ストレッチコート、ネットで固定する。
出発準備完了
ここで、固定方法について少し説明しよう。V-STROM650は大きな荷台とグラブバー、荷台の下に4か所のフックを備えている。ただ、フックの位置が少し近いので、長距離ツーリングの荷物を固定するにはちょっと不安だ。そこで、SL230に荷物を固定した際に使ったゴムチューブを使い、グラブバーにそれを巻き付けてから、後方のフックに固定する。さらに、ストレッチコードも使って、チューブにコードのフックを引っかけたりして縦方向に幅を持たせて固定しているのだ。また、ネットは小さいリュックと銀マットの固定に役立っている。
エンジンを始動して、宿を後にする。まずは、国道5号線に乗るために、近所の水天宮を左折して坂を下っていく。もう昼前ということで、街はすっかりと平日、月曜日の活動に入っている。さあ、国道5号線を右折して積丹半島方面へ向かおう。
線路沿いに走り、いくつかトンネルを抜ける。確か3つ目のトンネルを出て左折したら、前述の「渡り鳥」があるのだが、廃業とは残念だ。ネット上の評判はあまり良くないが、当方はあの値段で泊まれて、かつフェリーターミナルから近いので気に入っていた。ああ、残念だ。
そのまま国道を進むと、左手は海になる。今日は風が強く波が高いので、しぶきが飛んできそうだ。バイクが錆びないか心配だが、後で拭いておけばよかろう。道は混んでいないので、順調に進んでいく。太陽も出て、天気はすっかり回復した…と思っていたのだが、行く手には怪しい雲が見える。まあ、行ける所まで行ってみようか。
集落や海水浴場を過ぎて進んでいくと、余市辺りで雨が降り出す。あ、何か見覚えのある建物だと思ったら、ウイスキーの蒸留所ではないか。いつだったか、朝ドラで、ここを開いた竹鶴政孝を取り上げていたな。今でこそ街の中だが、その昔は何もなかったんだろうな。
そんなことを考えつつ、雨がひどくなっているが写真だけは写しておく。ついでに、タンクバッグにカバーをかけよう。道の端に寄り、カバーを取り出す。ヒェーこれは酷い。どこかに雨宿りできる場所はないだろうか・・・と近くの廃業になった店の軒を借りて雨宿りする。
おかしいなぁ、今日はもう降らないと思っていたのだけど。それはそうと、目の前には随分と繁盛している店が見える。よく見ると「柿崎商店」だ。11回目になる北海道ツーリングだが、目にしたのは初めてだ。丁度良いので食事にしようかと思うが、あまりにも混みあっているので止めておく。
雨は一過性のもののようで、すぐに雲が切れてくる。しかし、流れが早いので油断はできない。ひとまず先へ進もうか、とエンジンを始動して国道5号線を走り始める。しかし、数百メートル行った所で再び雨が降り始める。
雨はますます酷くなってくるし、風も出てくる。これでは神威岬は進入禁止になっていることだろう、ということで今回は諦めだ。幸い、今走ってきた小樽方面は雲は無いので、そちらは雨が降ることはないだろう。
ここで転身して、元来た道を戻ることにするが、時計を見ると、時刻は既に12時を回っている。腹も減ってきたので食事にしよう。柿崎商店は非常に気になるが、相変わらずの混み具合なのでセイコマにするかな。国道5号線を少し走ると、セイコマが見えてくる。やれやれ、一息つくとしよう。
何を食べようか、セイコマは店内調理の弁当が多くあり、温かいものが食べられる。このささみカツ丼が旨そうだ。あと、繊維質が不足しないように野菜サラダも食べておくかな。そうそう、食後のコーヒーもお忘れなく。全部で800円ぐらいになってしまい、コンビニの割高感を思い知る。こんなことならば、その辺の喫茶店でランチでも食べる方が良いだろう。まあ、セイコマは北海道ツーリングの醍醐味の一つでもあるので、これで良いのだ。
駐車場の段差に座って食べ始める頃には、太陽が顔を出してきて路面も乾いている。しかし、西側は相変わらずの厚い雲に覆われている。やはり、今日は東へ走ることにしよう。ところで、このささみ丼は意外といける。ソースカツ丼風のソース、ごぼうサラダも入っていてアクセントになっている。別にマヨネーズも入っているがそれは使うことはないと補記しておこう。まあ、当方はコンビニ弁当は食べないどころか嫌いなのだが(高くてまずいが相場)、セイコマの場合は少し状況が異なる。意外にもイケるのだ。恐らくこれは「北海道に来ている」という調味料の影響が大きいのだろう。
昼飯で一休み
コーヒーを飲みつつ、ルートと航法を考える。天気的には北に向かうほど良くなるようなので、稚内方面を目指すかと思うも、それではちょっと面白くない、やはり、北海道と言えば帯広から東側の「あの」風景だ。札幌を迂回しつつ、東へ進むことにしよう。
そうと決まれば実行あるのみ、ゴミを片付けたら出発だ。おっと、その前に燃料を搭載しておこう。隣にホクレンがあるので、一旦ここに入る。結果は、220㎞の走行で8.4Lの搭載だから、26.4 ㎞/Lとかなり悪い。これはフェリーターミナルまで行く間に「飛ばし過ぎ」たせいだろう。今後の展開に期待だ。
ああ、ついでに現金も入手しておきたい。元来た国道を戻ると、郵便局を発見する。ここで現金をおろしておく。
このまま国道を戻っても良いが、それでは面白くないので内陸部を走る道を探す。ちょうと「フルーツ街道」という農道を発見するので、これで小樽に戻ろう。県道、いや道道735号線に乗り、北海道横断自動車道の入口の所を右折して同名の農道に合流する。
なぜフルーツなのか、帰宅後に調べてみる。おそらく、この辺りはサクランボ等の果物の栽培が盛んであるからだろう。さて、この街道は快走かと思えばそうでもない。結局海岸沿いの国道を通りたくない、職業ドライバーの抜け道になっているようだ。そういうわけで、ダンプの後ろをトロトロと走ることになる。気温は20℃ちょっとくらいで、ちょうど良い気温だ。しかし、まだまだ30℃近くある地元からすればかなり低い気温なので、ヒートテックを着てきて正解だ。
森の中を走り抜ける道を行けば、塩谷地区で道道956号線に当たり、さらに697号線と繋いで、小樽駅の横に出てくる。ここを右折して国道5号線で札幌方面に機首を向ける。市街地は混みあっているが、地元のように渋滞する程ではない。バスも走っているが、お年寄りが多く乗車している印象だ。
海沿いを走り、高台の景色の良い場所を通過する。海は結構荒れていて、なんとなく濁っている。走行していると「銭函」地区にやってくるので、針路変更に備える。ここで左折して国道337号線に乗りかえて北向きに進むのだが、景色が一転して工場か何か、廃棄物処理場か、そんなものが点在するようになる。
そうこうしていると、石狩市で大きな分岐.が見えてくる。ここは花畔(はんなぐろ)I.C.である。道北に向かうか、道東に向かうかの分かれ道だ。今回は後者を選択するので、直進である。道路名は引き続き国道337号線であり、札幌方面への分岐もまっすぐ通過する。
この辺りまで来ると周りはすっかりと農地になっており、麦か何かの刈り入れでトラクターが忙しく動き回っている。ふと「ああ、北海道にきているんだなぁ」と実感が湧いてくる。道もガラガラになって、タンチョウヅルだ。また、あまり飛ばすと取り締まりも怖いので、ここは制限速度付近を維持して進む。
チョコレートで有名なロイズの工場を横目に、篠津エリアを通過する。大きな右カーブを曲がり、337号線で東進するつもりだったが、分岐点で誤って国道12号線に乗ってしまう。まあ、大雪山系の山を越えるのに、北か南かが変わるだけなのでこのまま12号線で北東方向へ向かうことにしよう。
江別の市街地に入り、少し疲れたので休憩することにする。セイコマが無いので、仕方なく他のコンビニに入りトイレと補給休憩だ。コーヒーとカロリーメイトで少し落ち着く。時刻は16時ちょっと前なのだが、なんとなく夕方感がする。つまり、日没が近く感じるのだが、それもそのはずで、北海道は緯度的に北にあり、経度的にも東にある。つまり、地元よりも日没が早いのだ。今日のランディング地点を考えておかねばならないので、補給をしつつ地図を眺める。
道には帰宅途中の高校生が多く歩いているのだが、皆若くてうらやましいなぁと思う。俺もあの頃に戻り、人生をやり直すべきだろう。しかし、それは叶わぬ事であり、現状を受け入れる以外に他ないのだ。さて、残り時間でどこまで行けるだろうか。旭川ならば、その先のピップにぶんぶんハウスだが、事前情報でコロナにより休業しているということだ。そうなると、富良野辺りが良いだろう。
休憩中の管理人
(珍しい本人のショット)
さて、休憩で気力が戻ったところで出発しよう。このまま国道12号線を北上していくと、美唄で「直線道路日本一」の看板を通過する。そうそう、ここからは直線道路が29.2 ㎞続くのだ。ただ、それは市街地の中を通っているので、延々と続く道が見えるわけでもない。もちろん、信号機もあったりしてペースも上がらない。まあ、話のタネに良いかな、という場所だ。
何回か来ているので、写真も撮らないでそのまま通過する。それよりも、どうやって富良野に入るかだ。ルートはいろいろあるが、今回は無難に滝川から国道38号線に乗り換えることにしよう。そうそう、滝川と言えばグライダーのメッカであり、市章というか、市を象徴する絵がグライダーなんだよね。
そう思ていると、国道38号線の看板が現れる。ここを右折と、あとはこのまま道なりに行くだけだ。富良野まではだいたい50㎞ぐらいだから、何とか暗くなる前には富良野に入れそうだ。それはそうと、やはり地元に比べて日没がだいぶ早いみたいだ。しかし、マップルには「スピード注意」の記載があるので、特に市街地は注意しよう。
いくつかの街を越えて、芦別という街にやってくる。マップルによれば、ここには「北海道大観音」という像があるようだ。大観音と言えば、淡路島のあれだ。結局維持できなくなり、税金で解体が決まった。ただ、こちらは宗教法人が管理しているのだから、そんなことはないのだろう。もっとも、地図上にあるということだけで、実際には走ることに集中していて見ていなかったと告白しておこう。
だんだんと薄暗くなってきて心細くなってくるが、ここは男の子?だからグッとこらえて先を急ぐ。いかにも鹿が飛び出してきそうな雰囲気なので、道路脇には注意しよう。そんな感じで進んでいくと、富良野近郊までやって来る。
マップルによれば、中富良野へショートカットする道があるようなので、目印の看板の交差点を右折していく。話は逸れるが、よく「富良野」って言うけど、実際には北から「上富良野町」「中富良野町」「富良野市」とこの3つの行政区を総称して言っている。また、富良野ではないが「美瑛町」も一般的な「富良野」に含めて考えられる場合もあるようだ。
何とか明るい、17時30分頃に中富良野町の国道237号線に出てくる。ちょっとした広場に止まり、今日の宿泊場所を探さないといけない。第一候補は「クレッセ」であり、まあ大丈夫でしょうと楽観視していた。しかし、電話をすると「もうやめました」と非情のお言葉。ええ、廃業ですかぁ。まあ、落胆してもしょうがない。さて、じゃあどうするか。この近くにメロン農家のライハがあったなぁ。そうそう「ふくだメロン」だ。しかし、ここも廃業。おいおい、ちょっとヤバいんでないの。
ひょっとしてこのコロナ禍で、ライハの大量廃業が起こっているのではないだろうか。そんな恐怖を覚えつつ、マップルをよく見ると「ヒグマ」なるライハを発見。ここはどうか、電話をしてみると「いいですよ」ということだ。しかし、宿主は結構な高齢のようで耳が遠いのか、時々話が通じない。まあ、この際だ仕方あるまい。因みに、キャンプの道具はあるのだが、現在の気温が18℃と結構寒い。ちょっと無理かなと思うし、実際にはコロナウイルス感染防止の観点から、キャンプ場は閉鎖になっていたようだ。
何とか泊まる場所も決めたので、国道237号線を上富良野方面へ向かって走り出す。地図で見ればそんなに遠くないようだが、実際の距離は10㎞以上ある。これは北海道のマップルの縮尺が「1/200,000」であり、いつも使う中部版の「1/140,000」とは大きく異なるから、騙されるのだ。
20分ぐらいで、上富良野のローソンにやってくる。晩飯をここで買っていかないと、後が面倒だ。適当に豚丼、味噌汁、パイン缶、朝飯のソイジョイを購入する。それにしても、コンビニの弁当は高い。豚丼一つで550円って、地元の定食屋ならば日替わりランチが食える。まあ、旅の途中だからこんなもんでしょう。
これでランディングの準備は整ったので、ライハ「ヒグマ」を探す。マップルによればこの辺なんだけどなぁ、と走っていくと自衛隊の駐屯地がある。もう真っ暗なので、ここは隊員にたずねてみよう。「すいません、このヒグマて言うのは・・・」と言いかけると「ああ、もうすぐそこで右側だよ」と教えてくれる。仕事帰りでお疲れのところ、ありがとうございました。
果たして、そこから数百メートル行くとでっかい看板が出ているので、すぐにわかる。ええ、ここって農家だよなぁ。そう思いつつ敷地に入り、マシンを降りて玄関から中に入る。すると、かなり高齢のおじさんが「よく来たね」と歓迎してくれる。
そうして、納屋の中にバイクを入れると「寝袋と必要なものだけ持ってきて」と言われる。どうやら銀マットは持ち込みできないようだ。ええ、そんなぁと思うが、こちらの規則なので仕方あるまい。タンクバッグとシュラフだけ持って建物に入る。そして、料金700円を支払い部屋に荷物を置く。今日はもう一人宿泊者がいるそうで、今は風呂と買い物に行っているとのこと。あの黄色いVT250 SPADAが彼のマシンのようだ。
荷物を置いて居間に出てくると、ご主人のテンションがやけに高い。いろいろと評判のライハだったようで、テレビの取材なんかもよく来たそうだ。そして、その時の話をしてくれつつ、壁にある黒柳徹子他、結構な有名人が訪れた時の写真を見せてくれる。ああ、かなり話題の宿だったのか。見た感じそんな風には見えないけどなぁ。そう思っていると「こっちに来てくれ」と別の部屋へ案内される。「目をつぶってくれ」と言われて、ある部屋に入る。目を開けると、なんと巨大な熊、鹿のはく製があるではないか。また、壁には巨大な熊を仕留めた時の写真も飾ってある。日付が「1983年10月8日」って、おれが小学校4年の時のものかよ。
剥製のコレクション
話題の宿である理由はこれかぁ。納得。そして「ご主人はマタギなんですか」とたずねると「そうだ」と誇らしげにうなずいている。そして「剥製の熊に乗ってみろ」というので、背中に乗る。そして当方のカメラで写真も撮ってくれる。そりゃこんなでっかい熊を何頭も仕留めたことがあるとは、自慢げに披露してくれるのもわかる気がする。
すると、娘さんがやって来て「お父さん、いい加減にしておきなさいよ」と釘を刺している。話によると、近所に住んでいて一日何回かは様子を見に来ているようだ。因みに、ご主人は87歳?とおっしゃっていたかな。そのわりには随分とお元気だ。
熊に乗る管理人
そんなことをしていると、同宿の方が戻って来る。どんな人かと思えば随分と若く、大学生だということだ。今から飯を食べるということなので、当方もご一緒することに。あれ、ご主人は何かジビエみたいのをSPADA君に出している。当方は予備知識なしでこの宿に来たが、前もって頼んでおけばこういうものも食べられるようだ。
当方にはお茶を出してくれて、食事が始まる。大学生のSPADA君は9月の半ばまで夏休みで、譲ってもらったVTの修理も完了したので北海道に来たということだ。彼は敦賀航路で同じ日に苫小牧に上陸したようで、2週間の予定で北海道を走るそうだ。また、初めての北海道なのでテンションも高い。「2週間あれば大まかな所は行けるね」と話すと、おすすめの場所を聞かれる。
「北海道っていうと、やはり帯広から東側がいかにも北海道という風景が広がるんだよなぁ」と知ったような顔をして答える。すると「そうなんですってねぇ、ツウは道東を好むらしいですね」と。まあ、ツウかどうかは知らないが、道東=北海道っていうイメージはある意味正しいかなぁと。それは、SPADAを譲ってくれた「師匠」も同じことを言っていたらしい。
それはそうと、最近はマップルを持たないライダーが多いのだが、SPADA氏はちゃんと持っているではないか。「お、マップルを持っているね」と話を振ると、これもバイクを譲ってくれた人が「必需品」と教えてくれたようだ。思わず「師匠はツーリングをよくわかっているライダーなんだね」と返す。すると「これだけの情報量をこの値段で買えるなんて、こんな良いガイドは無いよ」と絶賛している。
そうなんだよねぇ、確かにスマホで調べれば道はわかるし目的地へも行けるのだけど、不随する情報は手に入らない。温泉はあるか、食事処はあるか、観光地はあるか、そういう情報が一目でわかるものはそうそうあるまい。
そんな感じで、なんだか話が合って(わざわざオッサンのために合わせてくれた部分もかなりある)、こちらも調子こいていろいろと話し込んでしまう。最近の若い人は意思疎通が難しいなんてことを良く言われるが、SPADA君については、そんなことは全くなく、むしろこちらに上手くしゃべらせる技を持ち合わせているように思える。
まあ、ともかく、ナイタイ高原、開陽台、多和平、落石岬、知床峠、神威岬、釧路湿原など、当方のお気に入りポイントを「最低ここは行くと良い」と紹介しておく(ごり押しかも?)。そんな感じで会話も弾み、楽しい夜を過ごすことができた。この場を借りてお礼申し上げる。SPADA君、ありがとう。
お、もうこんな時間か。23時就寝となる。
本日の走行 260 ㎞