管理人 海外へ行く

~ポルトガル編~

 

2016年 10月17日~10月26日

 

リスボン市街を走る市電の車内

(いかにも観光路線という雰囲気だ)

 

第5日目(10月21日)

 

1.起床

 

朝は6時30分に起床して、洗濯ものをまとめる。本当は持ってきたものと、買い足した下着で帰国まで済まそうと思っていたのだが、天気が良く暑かったので予定が変わってしまった。

 

洗濯を指定の袋に入れて、申込み用紙を記入する

 

階下に下りて食堂へ行き、いつものように7時に朝飯を食べる。この時にいつものボーイさん、Mr. JOAN GRANDEと会ったので「Bom dia」とポルトガル語で挨拶をした。リスボンに来て4日も経ったので「今日は現地語で挨拶ができるようになる」と目標を立てのだ。その後、洗濯の申込み用紙の記入方法をたずねる。また、その流れで、自分の身の上についても話すことになった。すると彼は「人生は生きようとすることに意味があるんだよ。おまえは43歳で新しく人生を始めたんだよ」と励ましてくれた。

 

そういう彼は日本語を少し勉強しているようで、数字の数え方を披露してくれた。そして「こんな年寄りの自分でも、新しくものを覚えようとしているんだ、お前にも新しい人生があるよ」と語ってくれた。

 

2.出発

 

ジョアンさんに勇気づけられて、新たな気持ちでエドワルド7世公園を横切り、メトロの「サン・セバスティアーノ」駅へ行く。そして、自動支払機を使って、交通局のVIVAカードに€6を課金する。これで、交通局のバス、路面電車、ケーブルカー、そして地下鉄の1日乗り放題券が完成した。

 

まずはメトロに乗り込んで「アラミーダ」を経由し「マルティン・モ二ス」で下車する。広場に出ると、製作途中だが、張りぼてのニワトリがお出迎えだ。何か祭りでもあるのだろうか。

 

まだ製作途中かな?

(マルティン・モニス駅前にて)

 

今日は路面電車とバスに乗りまくって、リスボン市街を探検してやるぞ。まずは市電の12系統に乗って、サンジョルジェ城下を周回する。まだ朝が早いせいか、車内はガラガラである。おっと、この電車も結構アクロバティックな運転をしてくれる。

 

探検に出発

 

狭い、石畳路面の路地を、モーターをうならせながら、ゴトゴトと進んでいく。ああ、車が出てくるよ!ブレーキを踏まないで大丈夫なの??。と思ったら「ガタン」と急ブレーキをかけて「ジリジリジリ」と警笛(鈴)を鳴らしている。そして、再び「ガタン」と発車して、坂道を上ったり下りたりして、装飾美術館や大聖堂の前を通過していく。

 

ほとんど電車の幅ギリギリの道路

 

風情があっていいなと思っていたら、フィゲイラ広場に到着して乗客が全員降りて行った。この時はよくわかっていなかったのだが、方向幕には「P FIGUEIRA」と出ていた。つまり、ここが終点だったというわけだ。また、車内にも「終点では一度降車してください」と書かれていたが、当方は終点とわかっていなかったので、そのまま座っていた。もちろん、何も言われなかったと補記しておこう。

 

再び乗客が乗ってきて、電車は「マルティン・モニス」に到着したので、ここで「Obrigado(ありがとう)」と言って下車した。朝に立てた目標通りに、挨拶を頑張ろう。この後少し歩いてからバスに乗って、もう一度「フィゲイラ広場」に戻る。ここで気がついたのだが、電車もバスも、路線は基本的にここから出ているということだ。そりゃそうだ、当然だよ。広場がターミナルならば何の矛盾も無い。今更こんなことに気がつくとは、当方はやはりヴァカだ。

 

3.調子に乗って

 

ここで市電の28番系統に乗る。この系統は観光客には人気なので、行列ができている。運転手に挨拶をしてから車両に乗り込み、いちばん後ろの昇降ステップ辺りに陣取る。さあ、出発だ。

 

電車は「マルティン・モ二ス」からさらに北へ進み「インテルデンテ」で右に折れて、旧市街地へ迷い込む。うひゃぁ~、こんな狭く、急な坂道があるのに大丈夫なのか。歩道を歩いている人と、接触してるんじゃあないのか??。

 

歩道とツライチの電車

 

ただ、よくよく観察していると、路面電車は車よりも優先して通行できるようである。一般車両は横道から出てこようとする場合、必ず電車を待っているのだ。もちろん、規則に反して飛び出してくる車、バイク、トゥクトゥクには「ジリジリジリ」と例の味のある警鈴を鳴らしている。この音がなんだか一生懸命な音なので「威嚇できる力があるのだろうか」と疑問を持ってしまう。

 

大聖堂を過ぎてバイシャ地区では、車の渋滞で詰まってなかなか進まない。これもまたご愛嬌ということで、狭い通りを楽しむことができたと喜ぶ。そして渋滞を過ぎて、バイロアルト地区に入り、国会議事堂やエストレーラ聖堂を過ぎて、終点の「PRAZERES」に到着した。

 

プラゼラス」広場前のラウンドアバウト

 

「もう終わりなのか」と思ったが、1時間近くは電車に乗っていたことに驚いてしまった。それだけ、楽しむことができたということなのだ。さて、ここは墓地なので、西洋の墓を見物する。もちろん、日本の墓とは全く違っており、広々として一つ一つが家みたいになっている。また、猫が住み着いているようで、人間が近寄っても逃げる気配もない。

 

墓地の様子

(一軒ごとの墓のデカさに驚いた)

 

4.再び喧噪の市街地へ

 

墓地は適当に切り上げて、路面電車の停留所があるラウンドアバウトに戻る。ここで、再び市電28系統の電車に乗って、市街地へ戻る。最初は広い通りを進んで行き、再びエストレラ聖堂、国会議事堂前を通過していく。往路にも見ているのだが、それと気がつかなかったので、ここで写真を撮っておく。

 

国会議事堂

 

この後、電車は再び狭い通りに入っていくのだが、よく事故にならないものだと感心してまうような運転だ。これについては、以前に記載したように「お互いを良い意味で信用していない結果」だと思われる。

 

相変わらずの狭い道

(バイシャ地区)

 

アクロバティックな電車と車のやり取りを楽しんだ後、トイレに行きたいなぁと思い「カモインス広場」で途中下車した。適当なカフェで休息するかと思ったが、公衆トイレが広場の地下にあることがわかったので、これを利用してみる。日本では考えられないことだが、こちらでは€0.5の使用料がかかるのだ。背に腹は代えられないので、店番?をしているオバちゃんに金を払って、余計な水分を放出する。

 

トイレはこちら

 

地上に出て、ブラブラと歩いてみる。この広場には名前の通り、カモインスの銅像が建っている。この詩人については、ロカ岬の回で記載したあの人である。落ち着いたので、ガイドブックを見てどこへ行くかを検討していると、近くにケーブルカーがあって、その下には「リベイラ市場」があることに気がついた。

 

カモインス広場の様子

 

5.昼食

 

時刻も12時を回っているので、ここで昼食としよう。少し歩いて、ケーブルカーの駅へ行く。リスボンは坂の街なので、ケーブルカーが3路線配置されている。ここはその一つで「ビッカ線」と呼ばれている。停車している車両が落書きだらけなのは少々残念だが、これも味として捉えればまた一興か

 

ビッカのケーブルカー

(本来は交通局カラーの鮮やかな黄色で塗られている)

 

時刻表を見ると、10分以上の待ち時間がある。そこで、沿線を見ながら徒歩で下ることにした。しかし、歩いてみるとこの勾配はなかなか厳しいく、足元には十分注意が必要だ。もちろん、ここに通常の生活をする人が住んでいるわけで、洗濯ものが干してあったりする。傑作なのは、こんな狭い路地にもレストランがあって、路上にテーブルを出しているところだ。夜になると近所の人たちで賑わって楽しいことだろう。

 

かなりの勾配がついている

 

こんな所に店を出していいのか?

 

ケーブルカーの下の駅の通りには、25番系統の電車が通っている。これに乗ろうと待ってみるが、先にバスがやってきた。行き先はわからないが、腹が減っているのでこいつに乗ってみる。

ミニバスが大活躍の細い道

 

バスはウネウネと細い道を走り、最終的に「カイス・ド・ソドレ」駅に到着した。前述のように、バス等は大きな広場や駅を始発・終点としているか、そこを経由するように路線が設定されているのだ。やっとそのことに気がついて、実践で使える知識になってきたようだ。さて、バス停の周りにも店が何軒かあったので、そこで食べてもよかったが、最初に決めておいた「リベイラ市場」へ行くことにする。

 

リベイラ市場

 

市場は食材が豊富に売られていて、特に野菜や果物の品揃えがすごい。しかし、それ以上に驚いたのは、隣の建物のフードコートだ。いったい何席あるのだろうか、何軒の店があるのか。人ごみの中をかき分けて進み、何を食べるかを考える。リゾットがおいしそうだが、昨日食べたのでパス。そうだ、コロッケにしよう。それだけでは足りないので、スープも飲んでみよう。

 

フードコートの様子

(やたらと大きい)

 

まずは席を確保しなければならず、空いている場所を見つけて「ここは空いているか」と隣の人にたずねた。すると「1人分なら空いている」ということだったので、そこに帽子を置いて料理を買いに行く。まずはスープの店だが、取扱っている種類が多く、店の人が「豆だ、肉だ海藻だ」と説明してくれた。その中で、トマト味のものがおいしそうだったので、これを€5で購入した。

 

トマトのスープ

 

次にコロッケの店へ行くと「今揚げているので、5分程待って」ということだった。その間、店員と「日本人か」とか「これが塩漬けのたらの真空パックだ」などと話をした。こちらは€1.5が3個で€4.5だった。

 

業務用の干しダラ

(「COD」は英語で「タラ」の意味 ポルトガル語では「BACALHAU」

 

お馴染みのコロッケ

 

料理がそろったので、いただきます。トマトのスープはさわやかなトマトの酸味が特徴の、さっぱりとしたおいしさだ。それを塩が引き立てている。一方、タラのコロッケは、割いた身とイモ?がギョウザの皮みたいなものに包まれていて、これも塩味である。ポルトガルの料理はちょっと塩辛いのだが、日本のように「ただ塩辛い」のとは違う。これも前に書いたが、コクのある塩味だ。そしてて、その塩味は素材の味を引き出しているところがニクイ。

 

5.午後からも

 

食事を終えて、午後の部が始まる。大工事中の「カイス・ド・ソドレ」駅前から、昨日も利用した15系統の路面電車に乗る。こちらの車両は28系統と違って、現代的な外観であることは、前述の通りだ。乗車後に精算機にカードをかざして料金を払うのだが、昨日と同じく、そうしない人も半分ぐらいいる。どうやらこの人達は確信犯らしい。因みに、無賃乗車がバレた場合は、100倍の罰金(€125)が課せられるそうだ。

 

電車は「コメルシオ広場」経由で「フィゲイラ広場」に到着した。ここで12系統の循環に乗り換えるのだが、待ち時間に日本人の一家と遭遇した。向こうもこちらが日本人とわかり、少し話をした。子供とも仲良くなるが、レトロな電車がやってきたので、手を振って別れた。

 

相変わらずのアクロバティックな走りと、一生懸命な「ジリジリ」という警鈴で、朝にも通った「マルティンモニス」を右折して狭い市街地へ入り込んでいく。この路線は何回通っても、飽きない。走りを楽しんでいたら、景色の良い停留所に出てきたので、ここで降りることにする。写真を見て推測すると、装飾美術館前のようだ。以前の回でも記載したが、市バスや路面電車は案内が全くないので、停留所がどこにあるのか、その停留所が何という名前なのか、さっぱりわからない。

 

装飾美術館前の停留所

 

降車した後に、初日に購入した怪しい路線案内図、そしてガイドブックと照らし合わせてその場所を知るのが精いっぱいである。さて、ここから見える街並みは海が近く、大きなクルーズ船が良く見える。また、山側には、美しい建物である「サン・ヴィセンテ・デ・フォーラ教会」や「サンタ・エングラシア教会」が近くに見える。ここですっかりと景色に見入ってしまい、予定していた「カテドラル」や「くちばしの家」に行くことを忘れてしまった。

 

サン・ヴィセンテ・デ・フォーラ教会と

サンタ・エングラシア教会

 

代わりに、ガイドブックで目についた「サンジョルジェ城」へ向かう。本の地図上では近くにあるように見えるが、いや、実際距離は大したことはないのだが、アルファルマ地区と呼ばれるこの辺りは、特に道の勾配がきつい。ヒーヒー言いながら道路標識に付属している案内標識に従って、石畳の狭い路地を登っていくと、入場券売り場兼土産物屋に到着した。ここで€8.5を支払って、日本語と英語のガイドをもらいう。そして、さらに急な坂を上り、いかつい軍人みたいな門番に切符を見せて、城内に入る。

 

サン・ジョルジェ城の入口

(左端に警察官がいる)

 

城内に入ると庭園跡が広がっていて、その向こうには4月25日橋と市街地の西側が良く見える場所となっている。本来ここは遺跡として価値がある場所だが、当方のような素人には景色が良く見えるということの方が嬉しく思えてしまう。ガイドパンフレットによると、この城は11世紀頃にイスラム人によって要塞として建てられ、敵から襲撃を受けないように、山の上の切り立った場所に建築されたと記載があった。それは、つまりは景色が良く見えることを意味しているわけだ。

 

城の庭園から見たリスボン市街地

(左端にコメルシオ広場、向こうには4月25日橋)

 

そう考えると、ここから景色を楽しむことは理にかなっていると言えなくもなく、遠くにはリスボンの拠点である「サナレクスホテル」もうっすらと遠望できる。そして、他の人達も遺跡よりも景色を楽しんでいるように見えた。

 

ガイドを片手に「ドン・アルフォンソ・エンリケス」と思われる像がある庭園跡地、そして出土品の展示室へ進んでいく。ここには鍋釜や食器といったものから、アラビア方面で流通していた貨幣など、考古学好きにはたまらないと思われるものが多く展示してある。再び外へ出て景色を見ながら歩いていくと、大砲が置いてあり、いかにも要塞という様相を呈している。また、この通りにはレストランがあり、案の定昼間から飲んでいる人が多く見られた。

 

アルフォンソ・エンリケス

(北部のコインブラにて国土回復運動を指揮し、ポルトガル王国の基礎を築いた。

息子の一人に大航海時代を後押しした「エンリケ航海王子」がいる。)

 

展示の一部

(土器やアラビアで流通していた貨幣等)

 

大砲

 

城の本体には「獲得の塔」から入っていくのだが、先端の電流のパルスを表した図のような凸凹が、いかにも「イスラムの人が建築しました」ということを物語っている。城の中へ入ると、そこは空洞になっていて、数か所の階段が見える。そこで、右手にある階段から城のヘリへ上がってみる。この階段がかなり急こう配であり、年配の方はかなり苦労していたと補記しておこう。

 

獲得の塔

 

城のヘリ

 

そのヘリを歩いて「獲得の塔」に戻る。ここには「カメラ・オブスクラ」という、光学レンズを用いた監視室があるのだが。、ガイドによれば、リスボンの市街地が360°、魚眼レンズの写真の如く、しかも詳細に見えると記されている。イスラムの文明は、当時は世界最先端だったんだと感心した。そして、ここも公開されているので中に入ってみると、各言語毎に観覧時間が決められているようだ。もちろん実際に見たいので、受付の人に「14時20分から見たいんだけど」と言うと「予約でいっぱいだ」と言われてしまう。そして「皆待っているんだぞ」と嫌みも言われてしまった。因みに最終の17時過ぎなら空いているということだが、その時間はスペイン語の時間だ。

 

まあ、しょうがない。今回はあきらめるとしよう。残念な気持ちで再びヘリを歩いて、再びヒーヒー言って階段を上り「中心の塔」へ上がってみる。ここからは、城全体が良く見える。さらに「貯水の塔」へも上がってみると「サン・ヴィセンテ・デ・フォーラ教会」や「サンタ・エングラシア教会」が近くに見える。やっぱり、景色の方がよく見えてしまうのは、素人ゆえの無知からきているのだろう。

 

カメラは見られなかったが、遺跡地区を見ようではないか。ここは1755年の地震で崩れる前は宮廷があった場所らしく、先ほどの出土品が発掘された場所だ。今となっては、建物があった形跡が見られるだけだった。

 

遺跡地区の様子

(宮廷の跡地)

 

6.ファドに触れる

 

アラビア人の城を楽しんだ後、さてどうするか。ガイドブックをパラパラとめくってみると「ファド博物館」の記載を見つけたので、行ってみることにする。ところで「ファド」って何だと思っている読者の方々、それは「ポルトガルの民族歌」のことだ。詳細は後で述べることとする。

 

この頃になると少々足腰に疲れが出てきて、若干の痛みを覚えるよううになっていた。そこで、VIVAカードを最大限に活かすべく、バスで移動することにする。門の前にはバス停があり、行き先はたぶん「フィゲイラ広場」だろう。そう推測していると、10分程で小型のバスがやってきた。この辺りは城下なので道が複雑に入り組んでいるので、毎度ながらのアクロバティックな運転をしてくれる。正直なところ「自分が運転主だったら、この街では運転はしたくない」と思えてくる程だ。

 

15分程で予想通り、広場に到着した。本来なら、ここからバスを乗り継ぎたいところだが、初日に購入した路線図が信用できない。そこで「バイシャシアード」駅から、博物館の最寄の「サンタ・アポローニャ」駅までメトロを利用する。そして、駅からは歩いても大した距離でもないが、無理せずにバスを利用しよう。

 

バスに乗る時に「Bom dia」と挨拶をしたら「Olla」と返ってくる。これはくだけた挨拶で「やあ」という意味だ。そして「ファド博物館に行きたいんだが」とたずねてみると「次のバス停で降りな」ということだった。海沿いの道をバスは行くが、工事中で大渋滞になっている。5分程で次のバス停に到着し、降車して歩いていく。しかし、博物館が見つからないので、少し行った所で地図を確認すると、全くの反対方向へ歩いていた。

 

トボトボと雨が降りそうな大渋滞の道を歩いていくと、警察官を発見した。これは運が良かったとポルトガル語で挨拶をして、道をたずねてみる。すると「すぐそこだ、200 mぐらいだ」と教えてくれた。こちらの警官は親切だし愛想も良く、本当に助かる。もちろん、ポルトガル語でお礼を述べたよ。こうしてピンク色の外観をした「ファド博物館」に到着した。ガイドブックの写真や「学校も併設している」という説明から、もっと大きな建物かと思ったが、案外こじんまりとしている。

 

ファド博物館

 

受付で「セルフガイドで」と申し出て、€5を支払う。そして、端末を受け取って進んでいく。この端末は、展示看板に示されている番号を入力すると、ガイド音声が流れてくるという優れものだ。ただ当方は、その音声を50%程度しか理解できていないと補記しておこう。

 

案内音声端末

 

さてリスボンにおける「ファド」の説明だが、上記の説明によると「文献的には19世紀の後半、ちょうど政治的なゴタゴタがあった頃に遡る。また、場所を問わず、どこででも歌われていたものだ。その内容は不満や希望など世相を反映したもの」ということだ。また、戦後のサラザール独裁政権の時は言論の自由が制限され、ファドの内容も検閲を受けていたそうだ。しかし、暗に批判する内容がおおっぴらに歌われたことは、言うまでもなかろう。また「ファド」とは何ぞや、ということをうまく表した絵が展示されている。なるほど、情熱や想いを歌うものか。

 

ファドが歌われる様子を描いた最高傑作

 

更に進んでいくと、壁一面に歌手(「ファディスト」または「ファディスタ」)の写真が貼りだされているコーナーにやってくる。ここにも番号がたくさん記載してあるので、端末に入力する。すると、その人の歌が流れてきた。コブシが効いたこの情熱的、抒情的な歌い方、まさしく「演歌」ではないか。そうか、ポルトガルの演歌が「ファド」なんだ。

 

何曲か聴き入り、次に進む。今度は脇役の、ギターの製作方法の展示だ。説明によると「リスボンなどにある、イギリス人の居住区を通して輸入されて、20世紀初め頃にポルトガルギターの記載が登場する」そうだ。源流は通常のギターにあるのだが、ポルトガルのギターは独特な形状をしている。ちょっとカブっぽい丸みが大きいものである。

 

楽器の説明コーナー

 

おや、扉のある部屋からファドが流れてきているな、そう思ってその部屋に入る。すると、ファドの映像が流れているではないか。声だけでも情熱は伝わるが、この歌手の表情はまさしく情熱的であった。ここには「ファディスタ」の衣装や、裏路地でのファドコンサートを再現した小さなジオラマもあった。

 

少しだけポルトガル土着の文化に触れたことに満足して、さっき映像で見た歌手のタイル画を横目に博物館を出る。おやおや、ついに小雨が降ってきましたか。もちろん、今日は「礼文島」で購入した折り畳み傘を持参しているので、困ることはない。

 

タイル画

(このファディストはかなり有名な方らしい)

 

7.夜も楽しもう

 

「サンタ・アポローニャ」駅に向かって歩いていく途中の沿道のレストランでは、既にワインを飲んで陽気に騒いでいる人達が見えた。いかにも「今日の仕事は終わったから、憂さ晴らしに来ている」という感じが印象的だった。時刻は18時と少し早めだが腹が減ったので、ホテルに戻る前に夜飯を食べることにする。今日は昨日行くことができなかった、レストラン「ドイス・アルコス」を目指す。ここはガイドブックに掲載されている店であり、それによれば「庶民的で、日本語のメニューもある」ということだ。

 

「ロッシオ」駅を下りたら地図をよく見て、昨日のようなミスをしないように注意する。狭い「ドウダドレス」通りを進んでいくと、すぐに店は見つかった。店内に入ると女将さんが席へ案内してくれて「日本人なの?」と聞かれた。「そうだよ」と答えると、メニューの日本語のページを開いてくれる。この店は魚介類の料理が得意なのようなので、メインは「ヒラメの天ぷらとタコのリゾット」にする。そして、スープは「カルド・ヴェルデ」というキャベツの千切りが入ったもの、デザートには「焼きプリン」を注文した。飲み物は「オレンジジュース」にしたいのだが「ファンタか」とご主人に聞き返される。「いや、ガス(炭酸)のないものが飲みたいんだ」と答えると、なにやら奥方と話してから「わかった」と返事があった。

 

リストランテ

ドイス・アルコスの外観

 

オレンジのミックスジュースを飲みつつ店内を眺めると、カウンター向こうの棚には多くのワインが並んでいる。また、ビールサーバーもあるので、完全に居酒屋という雰囲気だ。おっと、パンとコロッケが出てきたので「今日はパンは要らない」と言う。すると「No speak English」と奥さんが首を振っている。「年配の方には英語は通じない」とどこかで読んだので、その通りかと納得する。

 

干しダラのコロッケを食べて待っていると、スープが出てきた。ガイドブックに書いてある通り、裏ごししたジャガイモとキャベツの千切り?が入っているようだ。いや、これは海藻じゃあないのか、歯ごたえがワカメっぽいぞ。んー、味は塩味で、出汁がよく利いていてとてもおいしいね。次にメインがやってきた、このヒラメ最高じゃん。塩のみの味付けだが、魚の味を楽しむことができる。また、リゾットも同様で、タコの出汁がよく出ている塩味だ。最後に焼きプリンだが、タマゴがふんだんに使われていてコクがあり、アツアツで、カラメルの苦さとプリンの甘さが絶妙である。こんな旨い焼きプリンは初めてだ。

 

今日の晩飯

その1

 

今日の晩飯

その2

 

デザート

 

チェック(会計)をしてもらうと、€14と随分お得感がある。チップにおつりの€1を渡すと「ありがとうございます。またお越しください」と日本語で言われた。英語は知らなくても、日本語は少し知っているようだ。十分に満足して店を出て、再び「ロッシオ」駅からメトロに乗り「アラミーダ」経由で「サン・セバスティアーノ」駅で下車する。

 

8.今日の終わり

 

いつものスーパー「エル・コンテ・イングレス」に立ち寄る。買うものは水だけなんだけど、初日にも書いたように品揃えがとても豊富で、いかにも「市場」という雰囲気が楽しい。今日もガラスケースには丸々一匹の魚、目玉が付いている子牛?と思われる生物、トムとジェリーに出てくるモモ肉の燻製、見ているだけで買ったような気になってしまう。あと、関係ないが、こちらの買い物カートは「車輪のついた洗濯かご」のようなでかいもので、みなさんはそれにいっぱい買い物をしている。道理で、太っちょさんが多いわけだ。

 

魚売り場の前にて

(でっかいカートを引いている客に注目)

 

店を出て、冷たい風が吹く中をヒーヒー言いながら坂道を上っては下り、ホテルに帰り着いた。部屋はいつもより綺麗になっていたので、出がけに置いておいた€0.5のチップ効果があったようだ。そう思いながら、早速風呂にお湯をはり、足腰を温めて疲労の回復を促す。今日も良く歩いたねぇ。それから、地下鉄やバスにもたくさん乗って楽しかったなぁ。

 

色々と思い出しながら、メモをつけていく。あら、もう22時を回っているのか。そろそろ寝るとしよう。おやすみなさい。

 

本日の移動距離 20㎞ぐらいかな

 

第6日目へ続く