管理人 海外へ行く

~ポルトガル編~

 

2016年 10月17日~10月26日

 

ヨーロッパ最西端のロカ岬

 

第4日目(10月20日)

 

1.起床

 

リスボンに到着して3日目の始まりだ。今日はこの旅最大の目的と言っても過言ではない、あの場所へ行くことにしよう。張り切って起床し、7時に食堂へ行く。そしていつもの朝食を食べるが、今日はパンではなくてシリアルを選択する。しかし、物足りないので、やはりパンにも手が伸びる。このホテルのパンは超絶にうまい。塩や小麦の味、風味が何とも言えないし、前述したミルクパンの自然な甘さ、マミーニャスのほんのりと香るシナモン、どれをとっても一級品だ。かなり食べ過ぎたが、大満足である。

 

部屋に戻る時ボーイさんに会って、挨拶をする。彼は土日は田舎に帰って、羊の世話なんかをしていると話してくれた。週末は実家で過ごして、平日は街で仕事をする。ある意味理想の生活と言えよう。

 

2.出発

 

支度を整えて、ホテルを出る。それにしてもリスボンは坂が急な街だな、そう思いながら石畳の道を下りていく。その坂の途中にある、ホテル・インターコンチネンタルの前には、いつもでっかいベンツが何台も止まっている。ちょっと立ち止まって見ていたら、不審人物と思われたのだろう、「MEN IN BLACK」に出てきそうな黒服のボディーガードが近づいてくる。俺は何もしないってば。また、今日は肩に金色の線が入った制服を着た、パイロットの姿も見えた。休息をしっかり取らないと、運航に影響するからね。

 

さて、ポンバル侯爵広場に到着する。今日は用事を済ませたいので「レスタウラドレース」で途中下車しなくてはいけない。先日購入したバスの路線図を見ながら、そこを通る44系統のバス停を探す。この辺りかなと当たりをつけて案内を見るが、そんな系統が表示されていない。€2.5もした地図だが、内容がいい加減なのか、当方がよくわかっていないのか。

 

仕方ないのでいつもの通り、メトロに乗って同駅へ向かう。地上に出て、ガイドブックの地図を見ながら、昨日利用した案内所の向いにある郵便局を目指す。丁度警官がいたので、「郵便局はどこか」とたずねてみた。すると「目の前のあれ、CTTだよ」とにこやかに教えてくれた。こっちの警官は仕事熱心だし、愛想も良いように思えるのは、当方が旅行者だからだろうか。

 

それはそうと、郵便局で何をするのか。日本の友達にハガキを送るのだよ、ヤマトの諸君。本当はホテルの近所にある、ポスト兼切手販売機からでも用は足りるのだが、どうせならば窓口から送りたい。もちろん、ここにも切手の自販機があるが、窓口にこだわってみよう。

 

その郵便局は8時30分に業務開始なのだが、8時32分ぐらいに玄関が開いた。中に入って、番号札を取って順番を待つのだが、でかいスーツケースいっぱいの郵便物を持ち込んだ人がいる。なにやら揉めつつも、職員は自動消印押印機で処理していく。こういう場合、日本だったらもう一人ぐらい職員が出てきて客をさばいていくだろうが、こちらはそんなことはない。6つある窓口に2名の局員がいるのみで、応援が入る様子はなく、客を待たせて作業を進めている。そう、ここはヨーロッパ最西端の国、ポルトガルだ。ここでは待つことは常識だし、当方も別に焦ってはいない。もちろん、他の客も同様だ。そう考えると、日本はサービス向上を進めるあまり、自分たちを忙しくし過ぎていて、自分の首を絞めているような気がする。

 

局内の様子

 

生活のために仕事をするのに、仕事によって身を削るというは本末転倒という気がするのだか、これも当方が怠け者だからだろうか。そう考えつつ待っていたら、20分ぐらいで順番が回ってきた。そして「航空便で日本まで送りたい」と伝える。「速達か標準か」を聞かれるので「標準」と答え、€0.8を2枚で€1.6を支払った。すると、インターネットの1時間無料IDももらうことができた。今回は端末を持ってきていないが、郵便局などには端末が置いてあり使えるそうだ。

 

3.今日は電車で

 

今日最初の仕事を終えて、斜め向いにある「ロッシオ」駅へ向かう。ここからはポルトガル鉄道を利用して、シントラの街へ行くのだ。また、向こうでバスも利用するので、ガイドブックに記載のある「€15のお得な周遊券」を利用することにした。

 

しばらく駅はどこかと探してしまうが、目の前に建っているこれがそうだったと驚いた。と言うのも、駅としては外観があまりにも荘厳なので、それと気がつかなかったということだよ、ヤマトの諸君。

 

ロッシオ駅

 

切符売り場の窓口へ行き「シントラへ行くんだけど、€15の周遊券があると聞いたが」とたずねてみた。駅員さんは「SINTRA BUS&TRAIN のことですかねぇ?」と言い、ポップアップで掲示されているちらしを指さした。「おお、それそれ、それを1枚ください」ということになった。その際「VIVA VIAGEMカードはあるか?」と聞かれた。これは初日に、地下鉄に乗る時に買ってある。なるほど、これにチャージするわけね。このカードは広く使えるように、リスボン周辺の行政区も協力しているのだろう。さすが、観光立国である。

 

駅のホームへ入ると、赤い塗装のカッコいい電車が止まっている。今から1時間の電車旅が始まる。こちらの電車は軌道が広く(新幹線と同じ標準軌道)、車両も大きい目だ。ホームが滑り出し列車が進んでいくと、トンネルを抜けると市街地の中を通り、だんだんと岩がむき出しの土地も見えるようになってくる。ここのところ街中にばかりいたので、やはり「田舎はいいな」と思えてくる。

 

駅構内の様子

 

至極快適な列車の旅を楽しんでいると、強めの日差しが入ってくる。そこでひさしを下ろす際に、向いに座っている若い女性に断りを入れる。この人は「地球の歩き方」を見ているので、日本人だと気がついていた。そこで、日本語で「ひさしを下ろしますね」と言うと「やはり日本人でしたか」と返事が返ってきた。彼女は大阪の人で、もちろん単独の旅行者だ。また、経路も同じで、関空からイスタンブール経由で、昨日リスボンに到着したそうだ。

 

お互いについて、身の上を話していく。当方は15年在籍した会社を辞めて、43歳で初の海外旅行だと話す。すると「そんな年齢には見えないし、初めての海外に一人で来るとは、勇気ありますね」とお世辞を言われて、いい気になってしまった。ただ、バイクでは長期の一人旅を何回もしていることも話してみる。すると「旅は慣れていはるんだ」と納得していた。

 

車窓に流れていく街並み、海、荒地などの風景を見ながら、話を進めていく。そこで話題になるのは「なぜポルトガルなのか」ということだ。「それはね、ユーラシア大陸を中心とすると、日本は極東の地でしょ。じゃあ一番西はどこ?ポルトガル、ロカ岬だよねぇ」と話してみたら、妙に納得していた。いや、なんというロマンチストかと呆れていたのかもしれない。

 

さらに話してみると、帰りの飛行機も同じ便だと判明し、シントラに到着した。「では、またお会いしましょう」と挨拶して、それぞれの目的地へ向かう。お互いが単独の旅行者なのだから、これ以上の深入りは禁物である。

 

4.シントラ

 

さて、どこへ行こうか。ガイドブックで目星はつけてあるものの、追加の情報を仕入れるために駅の周囲を歩いてみる。すると、バスの切符売り場を発見した。切符はいらないが路線図が欲しいので探してみたら、壁のポケットに4つの言語のものがそれぞれあった。「DISCOVER SINTRA」というリーフレットで、これは名所とバスの系統、停留所が示してあるとても親切はものである。ここには所狭しと見どころが掲載されているが、これを全部回ろうと思ったら2泊はしなければならない。しかし、今回の目的は大陸の最西端である「ロカ岬」がメインなので、残念ながら全部は無理だ。

 

シントラ駅

 

シントラ駅前通り

(左に案内所が見える)

 

ただ、一番目立つ、世界遺産の「ペーナ宮殿」には行ってみたい。駅前のあまり広くない、多くの人でごったがえしているバス乗り場で、宮殿へは434系統の循環バスを探す。方向幕をよく見てバスを待つと、狭い道にどでかい車体が現れた。

 

激混みである

 

いささか驚きつつ、大きめで快適な座席を陣取る。そして、バスは1.5車線の石畳の道を進んで行く。途中には、路駐の車、歩行者と障害物が散見されるも、道幅に30㎝ぐらいの余裕しかない道を器用に運転していく。途中「ムーア人の城跡」などを通り、宮殿の入り口に到着する。

 

バス車内の様子

(右も左も余裕のない道幅)

 

さて、ここでは入場券を購入しないといけないのだが、販売所は列を成している。門の右手には自動券売機もあるが、こちらは「入場券のみ」と記載してある。ここも郵便局同様に窓口に並ぶことにして、€14の入場券と、門から本殿までの送迎バス€3の切符も手に入れる。少々高い気もするが、このあたりの建物は世界遺産になっているから、こんなもんでしょう。因みに、当方が切符を購入する時に、看板に「With Transfer」と記載があったので、その通りに売り人に伝えた。すると、後ろのほうから「Transferって何??」と声が聞こえた。あれ、俺は何か変なことを言ったのだろうか。

 

宮殿の入口

 

その「Transfer」のバスを待ちつつ、宮殿を見上げる。この坂を歩いて登るのは、かなり大変そうだ。バスの切符を買ってよかった。そう考えていたらバスがきたのだが、このバスで行くのもなかなかで、乱気流に入ってしまったのかと思う程に、アクロバティックな運転だったと追記しておこう。

 

このバスが曲者だ

 

いよいよ宮殿の目の前にやって来るのだが、遠くからでもかなり目立つ建物を近くで見ると、まさしく圧巻の一言である。ここは南国の城か、いや、イスラムの要塞か、はたまた中世の王が住む城か。因みに、ガイドブックによると、この城はドイツ王のいとこが建築を命じて、1885年に完成したものであるようだ。そして、イスラムやルネサンスなどの様式がごちゃまぜになっているのが特徴である、と。

 

ペーナ宮殿

 

門をくぐって、またまた急な坂道を上って、やっと宮殿本体の入り口に到着だ。また、要所には係員がいて、世界遺産に悪さをしないかどうか目を光らせていた。そして、最初にオープンデッキから、シントラの街を眺める。ここまでかなり上ってきたので、少し冷える。しかし、天気も良く、眺めは最高である。ここに住んでいた王は、毎日こういう景色を見て過ごしていたのだろう。何とも贅沢な話である。

 

女王のテラスから見る絶景

 

そう考えつつ、兵隊の見張り台へ移り、敵の侵入に目を光らせた兵隊にも思いを馳せる。これだけ見通しが良く坂が急ならば、城は簡単に落とされることはなかろう。

 

兵隊の見張り台

(向こう側がテラスになっている)

 

納得して、豪華な装飾がある玄関から建物内に入る。そして、各部屋には贅を尽くしてある調度品、置物、絵画が所狭しとならんでいる。「なんてムダなことを」と貧乏くさいことを思ってしまうが、王様の暮らしっていうのは、我々庶民には理解できない、こういうものなんだろう。ただ、ただ、そこにあるものが全て、特級品である。

 

食卓の間

 

王様の勉強部屋、イスラム風の吹き抜け、女王様のテラスと王族の暮らしを垣間見ながら進んでいく。この宮殿に最後に住んでいたのは、ドン・カルロス1世とその嫁さんだが、1日のほとんどをここで過ごしたということだ。確かに豪華な施設であるし、召使も多くいて快適だっただろうが、山の上ばかりにいて、楽しかったのだろうか。一応王様はガラスのコップを集めたり、望遠鏡を使って星空を見るといった趣味を持っていたようだが、楽しんでいたのだろうか。

 

アズレージョが綺麗な中庭

 

寝室

 

廊下

 

電話室の置物

 

また、広い立派な部屋ではパーティーも開かれていただろうし、客をもてなすための料理を作る巨大な台所も見事だ。しかし、本当の意味での自由はあったのだろうか。物質的に豊かなだけでは、真に豊かな暮らしとは言えないかなと思いつつ、売店で絵葉書を購入して宮殿を後にした。そして、再び門までのバスに乗って、酔いそうになるぐらい揺られて戻ってくる。

 

大広間

 

望遠鏡の部屋

 

台所

5.ついにあの場所へ

 

前述のように、この周辺は世界遺産が目白押しであるが、この宮殿を見るだけでもかなりの時間を要した。本当はもう一か所ぐらい見たいが、やはり今日のメインは「そこ」である。ハゲだけど後ろ髪を引かれつつ、キチキチの道を抜けていくバスに乗って、シントラ駅に戻ってくる。

 

ここで、403系統の「ロカ岬経由カスカイス行き」のバスに乗りかえる。前述のようにバスは大きなものだが、通る道は相変わらず細い。下り小さな街をいくつも越えて、海沿いの街に出てくる。ここは漁村のようで、海女さんがバス停で手を挙げている。運転手は慌てて停車しておばさんを乗せた後、原野のような道を進んでいく。すると、遠くに十字架を頂いたレンガの塔が見える。

 

「あれだ!!」と心の中で叫んでしまった。あの場所が、大陸の最西端である「ロカ岬」なんだ。そう思うと、なぜか胸が熱くなる。随分遠くへ来たもんだ。バスは静かに停留所へ止まり、10月を忘れるような強い日差しの中へ飛び出す。周囲を見渡してみる。遠い山の上には、先ほどまでいたペーナ宮殿が見える。いくつものラウンドアバウトを過ぎて、三重県の志摩半島にある漁村に似た道を随分走った気がするが、案外近いんだんぁ。そんなことを思いながら灯台を遠望する。もちろん、日本のものとは少し違っていて、それが味のある外観だ。

 

ロカ岬バスターミナル

(後方に灯台)

 

そして輝く海の水面へ歩いて、先ほどのレンガの塔へ到達した。ここがヨーロッパ最西端の地「ロカ岬」だ。丸々1日かかって飛行機を乗り継いで13,000㎞、今回の旅の最大の目的地、俺はついにやって来たのだ。暑さのせいか、目まいにも似た感動を覚えた。この感覚は、20年以上も前に初めて到達した、北海道最東端の納沙布岬の時と同じ感覚だ。

 

ここが憧れのヨーロッパ最西端

 

地球が丸く見えることはよく知っているが、それさえもが感激である。塔の所で海を眺めるのだが、この海は大西洋であり、この向こうはニューヨークのあるアメリカの東海岸だ。いつも見る太平洋の向こうもアメリカだが、それはシアトルやロスアンジェルスのある西海岸である。こんなことは当たり前のことなんだが、頭の中を地球儀がくるくると回っていく。そして塔に刻まれた「陸が終わり、海が始まる」という、ポルトガルの詩人「カモインス」の詩の一節を見て気持ちは有頂天だ。

 

塔に埋め込まれた銘板

(北緯38度47分、西経7度30分の記載がある)

 

よく「時間を忘れて」という修飾を見かけるが、まさしくこの時の自分は「時間を忘れて」ただただ、海を眺めていた。話は逸れるが、小説家の沢木耕太郎氏が見た西の果ては、ポルトガル南東端「サグレス」にある「サン・ヴィセンテ岬」である。ここも、地の果てであることには変わりない。日本に例えると、最北端は「宗谷岬」であり、礼文島の「スコトン岬」は最北「限」と呼ばれている。どちらも日本の北の端であることに変わりはない。

 

この向こうはアメリカのニューヨークか

 

感傷に浸りながら岬の周りを歩いてみる。前述の「サグレス」はここから南側だが、霧に煙ってうっすらとしか見えない。その南側へ少し下っていく途中に、すごい断崖が見える場所がある。ここから転げ落ちたら、間違いなく即死だろう。ここで死ぬのも悪くないかなと思う。だって、カモインスに言わせれば「地の果て」なのだから。地面を見ると、草のようなものが生えている。アロエのような、厚みのある葉を持つ植物だ。そして顔を上げれば、その草の生えた丘の向こうに先ほどの灯台が見えた。何とも絵になる風景である。

 

灯台を遠望する

 

時刻は13時過ぎで、少々小腹が減ってきた。ここには土産物店を兼ねたレストランが1軒だけあるので、食事をしにそちら行ってみる。最初に土産物を見た後、レストランへ行きチキンとタラの「コロッケ」をそれぞれ1つとコーラ、ついでに500mlの水も購入しておいた。全部で€8.2で、内訳はコロッケ(1個€2)と水(€1.7)は税率13%、コーラ(€2.5)は23%だったと補記しておく。

 

昼のおやつ

 

海の見える席でゆったり過ごしていると、皮つなぎを着たライダーが数名やって来た。この他にも何名かライダーが来ており、ここはツーリングに来るには良い場所だと思う。後でどんなバイクに乗っているかみてやろう。

 

休息して力が回復したので、トイレに寄って外へ出る。すると、バイクが何台も並んでいる。おお、皆さん高そうなバイクに乗ってますなぁ。そう思って隣を見ると、なんとEK型シビックのSIRが置いてあるではないか。こいつはメーカー純正チューニングのタイプR型も発売されて、若き日の当方も心を躍らせた一台だ。

 

最西端のライダー達

(愛車はドゥカティ、ホンダ、BMW等)

 

この後、先ほどの灯台のへ行ってみる。日本の灯台は実用重視というか、造形的なことはあまり考えられていない、のっぺりしたものだ。しかし、こちらのものは機能はもちろんだが、外観も目を引くというか、どことなしか「見てもらうために工夫をした」という形で、つくりも細かいなぁと思われた。

 

さらに、観光案内所へ向かい、こういう場所で必ず用意されている「到達の証明書」を購入した。通常ならば日にちの刻印を入れてくれれば御の字なのだが、ここのものは€11もするので、申込書に書いた名前までも入れてくれ、ロウづけ印までも入った本格派だ。ガイドブックにも記載があるが「良い記念」になったことは、言うまでもなかろう。

 

最西端到達記念の証明書

 

6.別れ

 

名残惜しくもう一度岬の突端へ行く。そして、再びこの先にあるアメリカを思ってみる。やはり地球は丸いのだ。そう考えていたら、さっきはいなかった流しの音楽家が、陽気な音を奏でていることに気がついた。それは今日の夏のような気候に良く合っていて、しばらく聴き入る。なかなか良かったので、小銭を楽器入れに置いてから立ち去るのだが、その時のウクレレ演奏者の笑顔が印象的だった。

 

陽気なミュージシャン

 

バス停に戻り時刻を確認すると、「カスカイス」行きはあと15分程でやってくるようだ。ちょっと暑いので、案内所兼待合スペースに日陰を見つけて休息する。次にここに来ることはあるのだろうか、ひょっとしたらもう一生ないかもしれないな。そう考えていたら、「カスカイス」行きがやってきた。方向幕を確認して、後ろの席に座る。さようなら、ヨーロッパ最西端。車窓に見える岬はだんだんと遠くなり、浸食した地形、漁村、そして市街地と景色が移り進んでいく。途中の漁村で、おばさんが2、3区間だけ乗車したのは往路と同じだった。

 

街に入り、ラウンドアバウトをいくつも通り過ぎていく。思うに、この通行方法は至極合理的だ。進入時は必ず一旦停止するし、入ってからも円形に走るのだから速度を上げることはない。つまり、割込があっても事故になりにくいというわけだ。ただ、それなりの場所が必要なので、日本では普及しないのだろうか。何とかなりそうな気もするが、そんな簡単ではないのだろう。利権のマーボナスなんかが絡んでいて、実行できないのだろうか。

 

 

色々と考えていたら、40分程で「カスカイス」に到着するが、バスターミナルと駅前は少し離れている。ほとんどの人は駅前で降りていったが、当方はそれと知らずに、終点まで乗ってしまったのだ。ついでなので、バスで「エストリル」に寄ってみようと停留所を探すと、ちょうどいい具合に5分後に発車予定の車両が見つかった。ただ、通勤電車並みにメチャクチャに混んでいるので、この案は却下した。

 

結局カスカイス周辺の散策に切り替えて、魚市場前にある案内所で地図をもらい、駅前のショッピングセンター、土産物屋やレストランが並ぶきれいな路地を通り「リベイラ海岸」までやってくる。「知らない街を歩いてみたい♪」と鼻歌交じりに地図を見ると、いろいろと見どころが掲載されているが、今日は何もせずにゆっくりしたい気分だ。海をみながらくつろぐことにしよう。

 

おしゃれな海岸通り

 

そう考えて岸壁に座るが、よくよく周りをみると「アホウドリの糞」が散乱している。「え、もしかして」とズボンのモモ裏を見ると・・・。やられた。しかし、ここで「必要ないなぁ、こんなもん」と考えていた「ウエットティッシュ」の登場だ。なるほど、こういう時に使うのかぁ。「是非持っていった方が良い」と記載していたガイドブックに感謝しつつ、クソを拭きとった。幸いにもすぐに気がついたので、大事には至らなかったと追記しておこう。

 

それにしても、10月も中旬だというのに、まだ海水浴を楽しんでいる人々が結構いるではないか。まあ、今日は暑いので(と言っても25℃程度)、海水浴日和ではある。左手には「エストリル」の市街地や海岸、右手には「シウタレーラ」の城跡が見える。お得意のアイスナメナメで眺める景色は格別である。無職で家に閉じこもっていることが多いので、旅行に出てきて本当によかったと思われた。

 

リベイラ海岸にて

(遠くに見えるは、エストリル)

 

海べりを歩いて駅へ向かうが、裏通りはちょっと雰囲気が違う。壁には落書きが多いし、空気もひんやりとしていて人通りも少ない。少し危険を感じたので、常に周囲を気にしながら進んでいく。もっとも、そう感じたのはほんの200m程の区間で、すぐに賑やかな所に出てきた。ついでに、買いはしないが、土産物屋を覗いていく。ポルトガルは刺繍の布やニワトリの置き物が有名で、どこでも必ず売っている。また機会があったら、購入するかな。

 

雰囲気が違う裏通り

 

7.リスボンへ帰還

 

時刻は16時を回っているので、そろそろ電車に乗って帰るとしよう。駅はどこかと地図を見ながら進んでいくと、寂れたラウンドアバウトの向こうに、落書きがいっぱいのくすんだ建物が見えた。「これは違うなぁ、どこだ」と探すが、よく見るとすぐに突破されそうな、アクリル板の改札口が見えた。結構大きな観光都市の割には、ショボイ駅だなぁ。駅に入り、帰りの電車を見る。やっぱり往路に比べたら「いかにもローカル線の車両」と言った趣のものだ。

 

カスカイス駅

(ショボイなぁ)

 

そう思いつつ、入口横のボックス席について、メモをつけ始める。すると、向いの席にはデブッチョ(この辺りでは標準か?)の女性2名が座り、ペチャクチャと話している。そこへ、日本人の女性と思われる人がやってきた。彼女はキョロキョロした後、向いの女性に「リスボン行きですか」と英語で話していた。「そうだよ」という仕草をすると、その日本人はそそくさと立ち去っていった。それを見たデブさん達は「リスボンって言ってたけど、カイス・ド・ソドレ行きじゃんねぇ」と言っていた。そりゃそうだ、もともとこの線はソドレしか繋がっていないし、リスボン駅も存在しないのだから。因みに、このことは、ガイドブックを見れば明らかである。

 

帰りの電車

 

電車は「カスカイス」を発車し、海沿いに進んでいく。左手にはきれいな街が見えていたが、突然落書きの多い建物が目立つようになる。これは、所得の格差が現れているのだろう。そう思っていたら、またきれいな街になって「エストリル」の駅に到着した。駅前に見えるのは「カジノ」だ。そうか、ここがあのエストリルかぁ。古いF1好きならばピンとくるだろうが、ここは1989年に英国の「ナイジェル・マンセル」が規則違反をして失格となった後、ピットインの指示を無視して走行を続け、「アラン・プロスト」とチャンピオンを争っていた「アイルトン・セナ」と絡んでコースの外に弾き出した、あの「エストリル」だ。もっとも、マンセルは「走行に夢中で、指示の黒旗に気がつかなかった」と釈明していたが、彼ならやりかねない。そういう、人間臭いところが当方は好きであり、セナよりも何倍も好感が持てるのだが。

 

そうか、あの「エストリル・サーキット」は、この街の外れにあるんだぁ。1人で悦に入りながらも電車は進んで行く。そして「べレム」を通り「カイス・ド・ソドレ」に到着した。案外近かったようだが、1時間程度経過していた。

 

さて、夜飯はどうしようかな。ひとまずメトロに乗って「ロッシオ」に戻るのだが、VIVAカードは少々不便な面もある。今はシントラの周遊券がチャージしてあるので、リスボン交通局の料金をチャージできないのだ。窓口で「もう一枚カードを購入するのか」と聞いたら「そうだよ」と。まあ、そういうもんなんだろうと、€0.5でカードを購入して2回分の料金である、€2.8を入れておいた。

 

「ロッシオ」まで2区間乗り、ガイドブックに記載のあるレストラン、「ドイス・アルコス」を目指す。さて、管理人は地図を読むことには自信があるのだが、この日は南北を間違えたらしく、違う通りに迷い込んでしまった。おかしいなぁとウロウロしていると、ひょうひょうとした呼び込みにつかまってしまう。「食事の場所は決めたか?」「日本人か?日本語のメニューもあるぞ」と畳みかけてくる。「いやいや、一度周辺を回ってから決めるから」と反論する。しかし、客もグルになっているのか「ここにしておけ、ここの席が空いているぞ」と援護している。

 

こういうレストランも面白いかなと思い、ここで食事することにした。通りに面した席について、メニューを見る。日本語の他にも、フランス語、英語、中国語、ロシア語など多彩な言語の記載がある。何を食べるか、やはりエビのリゾットにしよう。そう考えていると、店員が飲み物を聞きに来たので「アルコールは飲めないんだ」と答える。すると「何でもあるぜ、ワインだろ、ビールだろ、ウイスキーだろう・・・」と。いやいや、アルコールは飲めないんだよ。店員は「コーラだって、セブンアップだって」と言うので、セブンアップを頼むことにした。「完璧な選択だ」と店員は言う。この店は話術の教育に力を入れているのだろう、口が達者な店員ばかりだ。

 

レストラン CERVEJARIAにて

 

すごく腹が減ったのでサイダーを飲みつつ、パンもかじる。それにしても、ポルトガルではどこで食べてもパンはおいしい。しかし、ここで忘れてはならないのは、パンは別料金ということだ。要らないならばその旨を伝えて、さげてもらう必要がある。本来、今日は米を食べるのだからパンは辞めておけばよいのだが、ついつい空腹と美味しさの誘惑に負けてしまった。

 

料理が来るまで、店の呼び込みを見ながら楽しまさせてもらう。「どこから来たの?フランス?え、違うの、ロシア?パスポートを見せてよ」とか、「どうしようかなぁ」という素振りを見せる客には「まあ、座って考えてくれよ」って。それはつまり、ここで食事をするということではないか。一人でウケていると、リゾットがやって来た。でっかいエビやタコ、イカ、貝も入っている。トマトの酸味と魚介のダシの味を殺さないように、塩で味が調えてある。この塩味もただ塩辛いのではなく、角のないまろやかなものだ。

 

エビのリゾット

 

「こいつはウメェなあ」と喜んでいる横でも、呼び込みは続く。口八丁手八丁って言うけど、まさにそんな様相で、店員は必死に勧誘している。おかしいので笑っていたら、店員が「こいつが笑っているのは、うちの料理が旨いからだよ」と当方を利用して勧誘を続けている。確かに、ここの飯は旨いので「そうだよ、とてもおいしいよ」と口添えしておいた。

 

そんな風に楽しく食事をしていたら、物乞いのばあさんがやってきて、カップを振って小銭を鳴らしてくる。すると、呼び込みの店員が「あっちへ行ってくれ」と促していた。どこの社会にも、表と裏があるんんだね。

 

隣の席へ目を移すと、リタイアしたと思われる老夫婦が優雅にワインを飲んでいる。会話の内容も「あなたといて幸せだ」とか「愛している」と言っており、その度に乾杯をしてワイングラスを鳴らしている。この夫婦が欧州の典型と仮定したならば、日本の夫婦の90%は「冷め切った関係」と言えるだろう。だいたい、そんなことを口に出して言うのは胡散臭い。「何かやましいことでもあるのだろうか」と勘繰られてしまうのがオチというものだろう。しかし、そういうことは日々言葉にしないと、時間だけが流れていってしまい、それこそ「こいつはどう思っているのか」という疑念を持たれることもまた事実だ。

 

さて、そろそろ清算して帰るとするか、レシートを見てびっくりした。おいおい、€22って何だよ。パンを食べたから€20弱と考えていたのだが、席料が€2も入っているのかよ。まあ、ショウの料金も込みと考えれば、こんなものかな。支払いをして、最後に呼び込みのおっさんに€1を渡すと「みんなー、もらっちゃったよ~」と店員同士で盛り上がっていた。どこまでも陽気な人達は€22以上の価値があり、許せてしまった。

 

この後、再びメトロに乗って「アラミーダ」で乗り換えて、終点の「サオ・セバスティアーノ」へ戻ってくる。ここは連日通っているスーパーのある駅で、今日も店に寄って水を購入する。また、余裕を見て現金€100も手に入れておいた。

 

そして、いつもの急な坂を上り下りして、21頃にやっとホテルに到着だ。後は風呂に入り、メモをつけて23時に就寝した。今日も疲れた。

 

本日の移動距離 80㎞

 

第5日目へ続く