サンタ・ジェスタのエレベーターにて
管理人
6時頃に起床した。今日は実質初日である。若干時差ボケというか、頭がボーっとするが大したことはない。7時から朝食だと説明があったので、着替えて地下の食堂へ行く。カーテンを開けて外を見ると、まだ日が昇っていたい。これは前回述べたように、西経8度のポルトガルがイギリスの標準時間を採用しているからだ。
階段でロビーへ下りると、大理石が石畳状に敷かれているのが見える。前述のように、ここは3星のホテルなので、なかなか豪華な造りである。こんな良い所に泊まっているのは、ちょっと罪悪感さえ覚えてしまうのは、管理人が貧乏性であるせいだ。
ホテルのロビー
さて、朝飯はビュッフェスタイルなので、好きなものを皿に盛っていく。野菜と豆腐みたいなチーズ、数種類のパン、そしてマミーニャスと思われる菓子パンもあるじゃあないか。食べきれるかわからないが、ついつい取りすぎてしまう。ただ、席について食べはじめるとすべてのものが旨いので、前述の事は杞憂となった。それにしても、異国での食事だからか、パンはもちろん、トマトやキュウリまで美味しいから不思議だ。特に、豆腐みたいなチーズと、細長いパンは絶品だ。シェフらしき人に聞いたら「これはミルクパンだ」と説明してくれた。
地味だが激ウマの朝食
いささか食べ過ぎた感もあるが、このまま早速街に出てみよう。その前に、昨日のボーイさんに「リスボンカード」の入手方法を確認しておく。すると「メトロのレスタウラダレース」駅前の案内所にあるよと説明してくれた。また、ガイドブックに記載はあったが、ポルトまでの道のりも教えてもらう。すると「サンタアポローニャ駅からアルファ・トレインで3時間」ということで、確証がとれた。ガイドブックによれば、この電車は予約が必要ということだ。しかし、その件は触れていなかったので、飛び入りでも乗れるのだろう。
7時30分頃に少しずつ明るくなってきたので、まずは目の前のエドワルド7世公園を見に行く。この公園はすごく広いので、いったんポンバル広場へ下りて順々に上に上がりつつ見ていく。むむ、ちょっと水分を採り過ぎたか、トイレに行きたくなった。日本では、公園に無料かつ出入り自由のトイレがあるのは常識だが、ここは欧州最西端のポルトガルである。トイレはあるが、カギがかかっていている。ガイドブックによれば「近くにある人のいる事務所に行ってカギを借りる」ことになっている。ここで言えば、あのバスツアーの事務所だろう。しかし、ツアーに乗る気はないので、何だかイヤラシイので、ここはパスする。
それにしても、トイレが自由に使えないのは不便極まりないが、これも仕方のないことだ。つまり、この国では開けっ放しのトイレがあると、犯罪の温床になりかねないという懸念があるので、このような仕組みになっているのだろう。それだけ日本の治安が良いということなのだ。
エドワルド7世公園の様子
(石畳の模様がイカシテル)
幾何学模様に刈り入れされたう植木を見て、坂になっている公園を上っていく。朝焼けの中をジョギングしたり、散歩したりする人がチョイチョイ見受けられる。また、公園内にはぶら下がり健康器的な設備も多数あり、利用している人もいた。坂を上りきると、前述の植木、ポンバル侯爵の像、そしてリベルターデ通りからテージョ川までが見渡せる。おお、これはガイドブックで見た景色そのままだ。この景色はリスボン地震後に、このポンバル侯爵が都市計画に沿って街を再建した賜物であり、しばし見とれてしまう。
エドワルド7世公園の高台から、コメルシオ広場方面を望む
トイレが限界なので、そのままホテルへ戻る。途中の歩道では、刺繍のクロスなんかの露店が開店準備をしていた。楽しそうに仕事をしているので、なんだか羨ましい。ホテルへ戻ると件のボーイさんに「道に迷ったのか」と聞かれた。いいえ、膀胱の貯水量が限界なんですとは言わなかったが、状況は察してくれたようだった。
軽量化した体で再び街へ出る。再び坂を上って行くと、ガソリンスタンドがあった。レギュラーが€1.3/Lなので、150円ぐらいというところだ。ちょっと高いね。あと、MB(Mluti Banco)という看板があるが、ここにはATMがある。ホテルがある通りだけでも3、4か所あるので、現金の引き出しはそれ程神経質にならなくてもよいだろう。
ガソリン屋
(意外と値段が高い)
フロンテイラ通りを左折して、庶民的な家が立ち並ぶエリアに入っていく。丁度仕事に行く人が多いのだろう、道路は渋滞している。見ていると、かなり荒い運転をしている。それは多くの乗客を乗せているバスも例外ではない。ただ、不思議なことに、歩行者が道路を渡る時はどんなに荒い運転の車でも、必ず止まってくれる。手を挙げて、横断歩道を渡りましょう。すると、運転手は照れ臭そうにしている。こういう習慣は日本独自のものらしい。
ところで、ここで思うのは、歩行者も運転手も「お互いに信用していない」ということだ。つまり、お互いにぶつかってくるんじゃあないか、飛び出してくるんじゃあないかと常に警戒しているってことだ。車同士も同様だろう。日本だったら事故になっているんじゃあないか、という場面もしばしば見られたと補記しておこう。ついでにバイクについて触れておく。街ではバイクは大活躍しており、その大半は日本のメーカー製だ。その中でもホンダはダントツで、半分程度の占有率を誇っている。白バイもホンダ製の「パン・ヨーロピアン」や「ドゥービル」が多い。また、日本で見る機種も多く走っている。改めて、2輪市場におけるホンダの影響力を知ることとなった。
地図を見ながら、ゴチャゴチャした道を歩いていく。まずは水道橋を見に行くのだが、一向に見えてくる気配がない。そこで、街角に立っていた警察官に道を尋ねてみた。すると「案内するよ」と一緒についてきてくれた。これは安心である。警察官は「リスボンはセキュリティーの街だ」と誇らしげに語っていたのだが、まったくその通りだ。至る所に警察官が立っているので、犯罪が起こる気配はまったくない。
親切な警官のおかげで、150 m程度歩いたら水道橋が見えた。お礼を言って、入口に行ってみた。しかし、まだ時間が早かったようで敷地内に入ることはできないようだ。まあ、外から見るだけでも十分に意味はあるので、それに沿って歩いていく。
市街地を通る水道橋
さて、この水道橋は1748年に建設されたものであり、これは、1755年の地震以前ということになる。また、ここから少し離れた貯水池に博物館が併設されているようで、ガイドブックによれば、1967年まで実際に使用されていたこの水道橋上を歩くツアーもあるようだ。また、写真ではわかりにくいが、この街は綺麗に見える反面、非常に落書きが目立つ。もちろん、この水道橋にもたくさん書かれているのだが、せっかくの建築物が台無しである。
白壁と茶色の屋根の家々が並ぶ住宅街を歩いていくと、いかにも異国に来ているという気分になる。もちろん、地元の人達にとっては何てことない風景なんだろう。そんなことを考えていたら、狭い裏路地で、しかも路駐の車がびっしりと並んでいる急な坂の道を市バスが通り過ぎていく。おいおい、日本の教習でも結構狭い所を走らされるけど、これはちょっと厳しいなぁ。俺だったらできるだろうか。
激狭い道を行く市バス
その坂を上っていくと、遠くに鉄道の駅が見えた。これは「カンボリーテ」駅だろう。さらにフロンテイラ通りを歩いて「サン・セバスティアーノ」駅に到着した。本当は「プラザ・エスパーニャ」の方が近かったのだが、仕方ない。ここで昨日購入した、メトロのカード、いや正確には「カリス」と呼ばれる交通局のカードを出して、再びチャージを試みる。昨日同様に端末機を操作していくと、「カード期限切れ」と表示されるが、画面の下の方に「続ける」の表示も発見した。これかな、タッチすると、チャージの種類を選ぶ画面になった。なんだ、もっとわかりやすい表示にしてよ。ひとり呟きながら、ひとまず片道分の切符を購入することができた。
そして、ホテルで教えてもらった「レスタウラドレース」駅に向かうが、乗るべき線を間違えて、空港行きに乗ってしまう。ま、こんな時こそ落ち着いて考えよう。路線図を見てみると、この先の「アラミーダ」駅で乗り換えて、さらにそこで「カイス・ド・ソドレ」駅行きに、さらに6駅先の「バイシャ・シアード」駅で「レボレイラ」駅行きに乗れば大丈夫だ。まあ、地下鉄の様子を観察すると思って、気楽にいこうじゃあないか。
一筆書きで乗り継いで「レスタウラドレース」に到着した。地上に出ると、日差しが眩しい。ええと、案内所はここか。似たような石造りの建物が多く並んでいるので判断に迷う。しかし、「i」の垂れ幕を発見し、中に入る。すると、番号札を取って順番を待つ仕組みらしいことがわかった。
ツーリスト・インフォメーション
案内書の壁には「スリに注意」の表示もたくさん出ていて、少々ビビる。しかし、周りを見ても、他の人たちはそんなに警戒していないようだ。「こういう時が危ないのかも」と勝手に思い、リュックは前側に抱えることにして、椅子に座って順番を待つ。ちょっと暑いので、扇子をだしてパタパタやってみる。すると、周りの視線を一気に浴びることとなった。ああそうだ、ここはポルトガルだから、こんなものは珍しいのだろう。ちょっといい気になってしまった。
スリに注意!!
よくよく聞いていると、呼び出しはポルトガル語の数字の呼び名であることに気がついた。まいったなあと思っていたら、モニターがあり、ここにはアラビア数字が出ていたので助かった。30分ぐらい待って、やっと順番がきた。この国では、日本みたいに素早いサービスは期待してはいけないようだ。まあ、日本はサービス過剰で「自分たちの首を絞めている」フシがあるので、このくらいの「程々」で良いのだろう。
まずは「リスボンカード」を€18.5で購入する。これで、24時間は市内のカリスの交通機関はもちろん、周辺のポルトガル鉄道、バス、さらにはかなりの施設で追加料金なしで入場できる。因みに、これの48時間期限は€31.5、72時間は€39である。長いやつを買っても良かったが、予定は未定なのでその都度有効なものを調達することにした。あと、市バスの運行系統図をもらおうと思うのだが「それは無い」と言われてしまった。え、だって、バス停毎に貼ってあるじゃあないか。んー「ダイヤグラム」と言ったのがいけなかったのだろうか、そこは「マップ」と言うべきだったか。いずれにしてもバスの路線図の調達は失敗に終わった。
ひとまずはメトロに乗って「テレイロ・ド・パゾ」駅に行く。ここは、昨日最初に降り立った「コメルシオ広場」の最寄駅である。今日も天気が良いので、景色が良い。川の向こうに「4月25日橋」と「キリスト像」がよく見える。再び同広場を通り抜けて、沿道の店を覗きつつマダレナ通りを歩いていく。地図だと平面だが、緩やかな坂道であり、石畳も脚にくる。こうして「フィゲイラ広場」に到着した。
コメルシオ広場の様子
遠くに4月25日橋とキリスト像が見える
朝から仕事熱心なポリス
ここも賑やかな広場で、取り囲むようにしてレストランが店を出している。何気に隣にある「ロッシオ広場」に行こうと思ったら、屋台の土産物屋があったので立ち寄ってみる。絵葉書を買いたいなと思って物色していると、何とバス路線の記載された観光地図が置いてあるではないか。これはぜひ手に入れたい。ついでに絵葉書も€0.5なので、ここで購入しよう。絵葉書を5枚選んで、あの地図も欲しいと言ったら、あれも€2.5だと。「こんなもんサービスでいいジャン」と内心思ったが、ここで逃したら手に入らない可能性もあるので、€5.0を支払った。
フィゲイラ広場の様子
さて、時刻は12時となった。若干腹が減ってきたし、休憩もしたいし、トイレにも行きたい。そこで、写真入りのメニュー看板が出ている、広場の東側にある店を選んで中に入る。すると店員が「外にするか、中にするか」と聞いてきた。もちろん「外」と答えると、広場が良く見える席を案内された。ふう、疲れたなぁと席についてメニューを見ると、看板に出ている旨そうなイワシの塩焼き、サラダ、イモのプレートが€10.5で載っている。これはお得だ。さらに、フルーツサラダ(€2.5)もおいしそうだ。店員を呼び、「これとこれ」と注文すると「それだけか」と聞かれた。こちらの習慣では、デザートやコーヒーも一緒に頼むことが多いようなので、レストランでは連日このやり取りが繰り広げられることとなった。
今日の昼飯はこの店で
まあ、今日はこれで十分でしょう。景色を見たり、ガイドブックで今後の行先を検討していると、30分ぐらいの時間が過ぎた。すると、20㎝はあろうかと思われる魚が4匹、中ぐらいのジャガイモがほぼ1個、片手分のサラダがどでかい皿で運ばれてくる。ヒャー、こんなん2人分じゃん。道理で、こっちの人は肥満の人が多いわけだ。おいおい、これにフルーツサラダも頼んじゃったよ。食べられるか。手を合わせていただきます。
イワシの塩焼きプレート
おう、このいわし、旨すぎる。炭火で焼いているから香ばしく、塩もただ塩辛いのではなく、味がある塩だ。野菜サラダ、イモ、魚と順々に食べると、ちょうど具合がよろしい。ああ、腹いっぱいと思うが、フルーツサラダもやってきた。これはフルーツポンチである。
フルーツサラダ
甘いものは別腹式で、するすると食べてしまったことは言うまでもなかろう。パンパンの腹では動けないので、しばらく広場を眺めながら休息する。いやあ、こんな優雅な食事はそうそうできない。普段は一人、部屋でちょっとしたごはんを食べているので、余計にありがたく思われた。さて、会計をしてもらい、トイレを借りて店を出た。ここでも、チップを渡そうと思ったら、店員がどこかへ行ってしまった。因みに、これだけ食べての料金だが、€15程だったと記憶している。
ここからは、午後の部の始まりだ。まずはフィゲイラ広場の隣にある、ロッシオ広場へ行く。噴水があり、石畳の模様も見事な広場である。また、高々と立っているのは初代ブラジル大統領、ドン・ペドロ4世の像だ。ご存知のようにブラジルはポルトガルの支配下にあったのだが、これはトリデシリャス条約により、南米の西経46度30分以東はポルトガル、それ以西はスペインの領土となった事に由来する。
ロッシオ広場の噴水
ここからアウレラ通りを下りて、サンタ・ジェスタのエレベーターへ行く。ところで、この「サンタ・ジェスタ」は「エッフェル」の弟子らしい。エッフェルはもちろん、エッフェル塔の設計者だ。こんな所に師弟関係がみられるとは、意外だった。
裏通りの日本レストラン前辺りから順番待ちの列に並ぶが、なかなか進まない。これは丁度昼休みの時間で、職員が休憩しているためだ。代わりの要員がいないっていうのがポルトガルらしいが、これも考えの違いだ。1時間弱待って、やっとエレベーターに乗る。今日はリスボンカードを持っているので、€5の料金は必要ない。因みに、エレベーターは木製のケージが上下しており、いかにも古いという趣だ。
エレベーターの真下から
いささか不安な動きで上昇を開始し、ガタンと止まりてっぺんかと思いきや、さらに螺旋階段がある。さらにこれを上り、頂上の展望台にやってきた。絶景かな、海側から山側まで丸々リスボンの街が見える。ここは何か見覚えがあるが、「消臭力」のCMロケ地なんじゃあなかろうかと思う。写真を撮ったり、景色を眺めたりしていたら、スラブ系の若い女性にシャッターを押してくれと頼まれた。若い娘に話しかけられるとは嬉しい限りだ。ついでに当方も写真を撮ってもらったのだが、それが冒頭の一葉だ。
エレベーターから見るロッシオ広場
サンジョルジェ城
一通り楽しんだら、カルモ教会の側にある橋を渡っていく。そして、その教会横の細い路地を通り、同様のドゥ・カルモ通りからサン・カルロス国際劇場に出てきた。この路地はほとんど地元の人しか使わない道なのでドキドキしたが、ご多分に漏れず警官が立っていたので、危険なことはまったくなかったと追記しておこう。
カルモミュージアム前の広場で座り、水を飲んで一休みする。ここにも露店レストランが開店していて、昼間っからワインをのんで食事を楽しんでいる人が大勢いる。尚、この国では昼休みは、2時間程度が認められているということであるので、平日の昼間から優雅に過ごすことができるようだ。
カルモ広場の様子
そこから石畳の坂道を下って「バイシャ・シアード」駅へ行き、メトロで「カイス・ド・ソドレ」駅へ向かう。さらに、ここで路面電車の15系統に乗り換えて「ベレン」を目指す。さて、停留所ではちょっと戸惑うことがある。通行帯が逆なので、西へ行きたいときは右車線、東へ行きたいときは左車線の停留所で待つ。これはバスも同様であり、かつ道路を横断する時も最初は左を確認しなければならない。管理人の場合、一度反対側で待っていて、逆の方向域であることに気がついて、改めて反対側で並びなおしたことは言うまでもなかろう。
少し待っていると、「アルジェス」行きの現代的な車両がやってきた。かなり混み合っているのだが、車両の中央にある清算機にカードをかざして乗車賃を精算する。しかし、3両編成なのに車掌はおらず、検札もない。もちろん、カードをかざさないで乗車している人もまあまあいる。こんなんでいいのか。
15系統の路面電車でGO!
アクロバティックな運転で、4月25日橋の下をくぐっていく。沿道にはひさしを出したレストランがたくさん見え、皆ワインを飲んで食事を楽しんでいる。こうしてリスボンの日常の風景を楽しみつつ、ベレンに到着する。そして、今日のメインエベントである、ジェロニモス修道院へ向かう。ここは詩人の「カモインス」とあの「ヴァスコ・ダ・ガマ」の偉業を称えて建設され、さらに彼らの棺があるのだよ、ヤマトの諸君。あの「ヴァスコ・ダ・ガマ」だよ。そう思うとドキドキするのだが、長い入場待ちの列ができていて、なかなか進まない。
隣にはサンタマリア教会があって、ここに2人の棺があるのだが、管理人は勘違いしていた。修道院の中にあると思い込んでいたのだ。「先人は、あらまほしきことなり」という一節があるが、その通りだね。さて、ここは€10の入場料が必要だが、リスボンカードがあるので提示するだけでOKだった。
ジェロニモス修道院
中に入ると、大理石で造られた南国風の装飾が施された中庭に出てくる。何とも豪華な建物だがそれもそのはずで、東方との香辛料貿易を資金源として、100年程度かかって建設されてたのだ。在りし日のポルトガルの繁栄をあらわす、代表的な建物と言えよう。
修道院の中庭
また、サンタマリア教会の内部には聖書に書かれている様々な人物??の絵画があるのだが、信仰には疎いのでよく切れるサッパリ電球である。そして、2階から「サンタマリア教会」を見る。一番向こうに人だかりができているのだが「何かあるのか」と思った程度だった。実は、ここに上記両名の棺が安置されているのだよ、ヤマトの諸君。
サンタマリア教会
「ヴァスコ・ダ・ガマ」の棺は、右側の人だかりの辺り
結局、棺を見損ねてしまったのだが、壮大な建物を見られただけでも大いに満足だ。それにしても、少々歩き疲れたので休息したい。また、喉が渇いたので水も購入したい。ちょうどインペリオ広場で露店を見つけたので、購入してみる。そこでは「ガス入りかどうか」を聞かれたのだが、ガスってなんだろう。すると「スパークリングかどうか」と言われた。ああ、炭酸入りかどうかってことね。そう言えば、ガイドブックにも書いてあったな。もちろん、ガスなしを購入した。
広場で休息しつつ周辺の観光スポットを検索すると、海洋博物館と発見のモニュメント、ベレンの塔がある。ちょっと迷うが、後者2つを優先することにした。観光馬車を横目に見て水を飲み干したら、発見のモニュメントへ向かう。ここは大航海時代に活躍したポルトガル人が彫られたモニュメントで、先頭で帆船を持つのは「エンリケ航海王子」、また3番目は「ヴァスコ・ダ・ガマ」、次に「マゼラン」、最後には「フランシスコ・シャヴィエル」と続く。しかし、今日は残念なことに補修工事中である。せっかく偉人達に会えると思ったが、足場が邪魔でよく見えない。
発見のモニュメント
(修復工事中につき、人物がよく見えない)
ところで、ここは展望台にもなっていて、入場料は€4である。もちろん、ここも「リスボンカード」があれば追加料金は不要だ。外観はあまり楽しむことができないので、中に入り受付をして、そしてエレベータに乗る。その際、係りのおっさんに「工事中なのか」と尋ねた。すると「英語はわかりません」ということだった。そこで、受付の女性にたずねようと思ったら「はやくエレベーターに乗れ」というようなことを言われた。愛想が悪いなぁ。
ちょっと気分を害されたが、エレベーターを下りれば絶景が広がる。正面には先ほど訪れたジェロニモス修道院、インぺリオ広場、その横には海洋博物館、文化センター、そして左側にはベレンの塔が見える。
発見のモニュメントから眺める
ジェロニモス修道院とインペリオ広場
そして下を見ると、世界地図のモザイク画もが描かれている。因みに、この絵の中に描かれている国には、ポルトガル人が到達した年が記載されている。展望台を下りてから確認したら、日本は1541年となっていた。
モザイク画
(右端に日本が見える)
日本には1541年に到達したようだ
ベレンの街を眺めてたそがれてみる。モザイク画でみえるように、俺は今大陸の端からやって来て反対の端にいる。飛行機の移動量ってバイクの何百倍もあることを知り、嬉しくなる。
ちょっと太陽も傾いてきて涼しくなってきたと思ったら、既に時刻は16時50分だ。ベレンの塔は17時までの入場なので、名残惜しいがモニュメントを後にする。そして、ヒイヒイと小走りにベレンの塔へ向かうが、受付で「もう17時を過ぎたので、今日は終わりだよ」と閉められてしまった。おいおいまだ17時3分じゃあないかと思うが、それは日本的な感覚だろう。
ベレンの塔
ポルトガルでは、日本のようなサービスを要求してはいけない。そんなことは百も承知だったのだが、ついつい腹を立ててしまう。もともとは、こちらが正解であり、日本のサービスが行き過ぎて過剰となり、働く人の首を絞めているのかもしれない。そして人々は疲弊していくが、要求は高まる一方だ。世の中が殺伐としているのは、こういう悪循環が日常と化しているからなのかもしれない。
そう考えたら気持ちも収まったので、塔が良く見える場所に座って眺めることにする。さて、このベレンの塔であるが、1520年に完成した要塞で、税関や灯台としても使用された大航海時代の象徴的な建物のうちの一つである。そして突き出した部分は砲台にもなっていたようで、想像するに攻め込もうと考えた敵も容易に近づくことはできなかったのだろうと思われた。関係無いが、元気が出るテレビで「打てぇ~、ボン」と不発になったところを、松方弘樹がウケていたのを思い出した。
そう考えていたら、アコーディオンを演奏する流しの音楽家が、懐かしいメロディーを奏でていることに気がついた。さらに、その前に犬がいて「コイン受け」をくわえている。この日没の時間帯をさらに抒情的にさせる演奏だったので、しばし耳を傾ける。そして、何曲か聴いた後、その犬に¢5硬貨をあげると演奏家は嬉しそうにしていた。
流しの演奏家と集金係の犬
観光施設はもう閉館時間だし、今日はとても疲れた。海洋博物館は行ってみたかったが、そろそろホテルに引き上げることにしよう。再び市電15系統の停留所で「カイス・ド・ソドレ」行きを待つ。市バスかポルトガル鉄道を使ってもよかったが、街中の様子をみることができる市電が一番楽しいので、あえて満員電車に乗ってみる。もちろん、精算機にカードをかざす人はあまりおらず、まじめにやっているのは観光客だけだ。
次々に客が乗ってくるが、中には「マイ・ワイングラス」を裸で持っている人もいる。どうやらリスボンの市街でくり出して、大いに飲むつもりらしい。いや、正確にはもう飲んでいると思われた。
でっかい4月25日橋をくぐり、終点の駅に到着した。ここからはメトロに乗り「バイシャシアード」で乗り換えて、目的の「マルケシュ・デ・ポンバール」で下車する。そして、駅前のラウンドアバウトにあるATMで€100を調達した。ここからはまたまた急な坂道をヒイヒイ言って上り、ホテルを目指す。やれやれと部屋の前で鍵を開けようと思ったら、なんと「カードキーを落とした」ことに気がついた。多分、さっき現金を下ろした所だろう。再び坂を下りるの面倒なので、フロントにその旨を話してみた。すると、あっさりと再発行してくれ、事なきを得た。
ちょっとドキドキしたが、風呂に入って休息する。そして、ルーティーンワークとなりつつある、スーパーへ買い物へ出かける。時刻は20時過ぎで、さすがに真っ暗である。しかし、街灯はしっかりとしているし、スーパーのある通りには警察署もあるので、周囲に気を配っていれば危険はまったくない。また坂道を上り、そして下り「エル・コンテ。イングレス」に到着した。
それにしても、今日は朝、昼と食べ過ぎたせいか、腹があまり減っていない。そこで、水に加えて、ビスケットと「パステル・デ・ナタ」を購入し、軽い夕食にすることにした。さらに、下着が1セット足りなさそうなので、階上にある店で購入することにする。
ナタを買った店
(奥の黒人の兄ちゃんは、愛想が良い)
ウロウロして商品を物色してみると、ちょうど格好良いTシャツが€13.95で売っている。サイズを確認して購入しようと思うが、店員がいつまでたっても現れない。万引きされたらどうするのかと思うが、この国では食い逃げがないことを思い出した。もっとも、出入り口には万引き防止ゲートがあるので、心配はいらないだろう。やっと店員が現れたので、購入の意思を伝える。すると、試着するかと聞かれたので、念のため2種類のサイズを着てみることにした。
サイズが決まったので、外へ出る。しかし、もう店員がいない。本当に万引きされるぞと思いつつ、店員をつかまえて清算してもらった。あと「パンツはどこに売っているか」とたずねると「下の階にカルバンクラインとかあるよ」ということだった。そんな高級なものはいらないのだが売り場に行ってみると、普通のものも置いてあった。ちょっとオシャレな柄のものを選んで、近くの女性の店員に購入の意思を告げる。すると「お客さんだと、こっちのサイズじゃない?」と言いつつ、箱から出して見せてくれた。なるほど、当方が選んだ「M」サイズではデカ過ぎる。
店員に感謝して€9.95を支払う。すると、親切に「土産にするなら、販売証明書を出そうか」と言ってくれる。どういうことかと言うと、ポルトガルでは物品税が23%かかっている。しかし、新品未開封のものに限り、証明書を空港の税関で提示すれば13%にまけてくれる制度があるのだよ。「明日使うからいいよ、ありがとう」とお礼を述べて、気分よく店を出た。因みに、ポルトガルの物品税(消費税)は段階制になっていて、6%、13%、23%と別れているようだ。レシートから推測すると、交通機関は6%、水などは13%、その他は23%になっているようだ。
買い物の成果
買い物も成功して、足取り軽くホテルへ歩いていく。おや、街灯の所に女性が立っている。娼婦と思われたので、目を合わさないで前を通り過ぎた。やれやれと部屋に戻り、カードキーを電源スイッチのスロットに入れる。おいおい、今度は電気がつかないじゃないか。仕方ないのでフロントに電話して、その旨を伝える。すると「ちゃんとスロットにカードをいれたか?」と聞き返してくる。そう言ったでしょう。さらに続けて「人を遣るから、ちょっと待っていろ」ということだった。
確かに「誰かをよこすと言ったよなぁ」と自問自答していると、5分程で前掛けをした厨房の兄ちゃんらしき人がやって来た。そして陽気に「おっかしいなぁ」という感じでガチャガチャカードをスロットに出し入れしていた。しばらくして、昔のテレビではないが、ちょっと乱暴に叩いたりしていたら、電灯がついた。「どうだ、ついたよ。原因は・・・」と手のひらを上に向けて肩をすくめた。「ああ、復旧したからいいよ、ありがとう」とお礼を述べて、兄ちゃんを見送った。
最後のトラブルも解決したので、ビスケットやタルトをかじりながら今日の出来事をメモしていく。うんうん、なんだか旅らしくなってきたじゃあないか。つくられた旅ではなく、予測のつかない何気ない日々を異国で過ごす、まさしく管理人の望む事だ。
さて、予報では明後日以降は天気が崩れるようなので、明日は念願のあの場所へ行ってみるかな。今日も23時前には就寝となった。
今日の移動距離 25kmぐらいかな
第4日目へ続く