管理人 海外へ行く
~セネガル編~
2017年3月24日~4月3日
アフリカ上空を飛ぶ
(ナイル川がうっすらと見える)
第2日目(3月25日 その2)
1.アディスアベバを離陸して
もちろん、当方は水平飛行になるまでは、シートベルトを締めて席に着いていた。因みに、乱気流に巻き込まれて人が天井に頭をぶつけた場合、死亡することもあるのだよ、ヤマトの諸君。何回もシートベルトを確認していると、水平飛行になる頃に、ちょっと硬いイタリアのカールが配られる。おやつの時間だ。飲み物は、いつものオレンジジュースを選択した。
おやつをかじる
ボリボリと菓子を食べつつ、眼下に見えるアフリカの大地を眺める。あの道(轍)をパリダカの車両が走ったのだろうか、ナイル川ってエジプトに流れて行っているのだが、こんな内陸から始まっているのか、とひとりで喜ぶ。
しばらくすると、食事の時間となった。今回も鶏肉と牛肉から選択できるので、牛肉とする。因みに、アフリカでもご飯が主食とされ、それにカレーのようなソースをかけて食べることが多くなっているようだ。機内食もその典型で、今回はナスと牛肉のひき肉ソースだ。尚、エチオピア航空の食事は、これらにパンとクラッカーが必ずついてくる。炭水化物過多だと思うが、生粋の日本人である当方は、すべて完食していることは言うまでもなかろう。
いつものように機内食
食後の濃~い、エチオピアコーヒーを楽しみながら、同じような景色が続く機窓からの眺めを楽しむ。しかし、広大な砂漠にちょっと木が生えている風景は、ちょっと見飽きてきた。そこで、一応装備されている個別のモニターを使おうとするが・・・使えない。なぜかというと、当方の席には「あるべきはずの肘掛けがない」のだ。つまり、モニターのスイッチはその肘掛けに埋め込まれているのだが、それそのものが無いのだ。
疲れたので、しばらく寝ることにする。因みに時刻はアディスタイムで13時、日本時間なら19時だ。もうそんな時間か、そうだよな、アフリカまで来ているのだから、それ相応の時差があるわけだ。ん、ちょっと尿意を催してくる。そこで、搭乗時にちょっと揉めた隣のおっさんに、丁重な態度でトイレに行かせてもらう。因みに、このおっさんはマリ人で、とても紳士的な方であったと追記しておこう。また、この後に少し話したら、仕事でドゥバイに行ってきた帰りだということだ。
ところで、現在のマリと言えば「危険な国」の代表である。しかし15世紀以前はマリ王朝やソンガイ王朝などがあり、特に前者の首都「トゥンブクトゥ」は知の追求で有名な学術都市だ。そのせいもあり、現在のマリ人も誇り高き人、今でいうと「意識高い系」というわけだ。
そう考えてウトウトしていたら、おやつのパンが配られる。これはちょっと意外だったけど、小腹が空いていたのでナイスタイミングだ。そして、今回は飲み物には水を選択した。
おやつのパン
さて、当方等が乗るエチオピア航空909便は、マリの首都である「バマコ」に寄港する。そのため、おやつの片付けが終わった頃から着陸のため高度を落としている。窓から景色を見ていると、機は大きな川を渡った。これはニジェール川で、この上流に上記「トゥンブクトゥ」も存在する。その「トゥンブクトゥ」であるが、1980年代にユネスコの世界遺産に登録されている。しかし、研究成果が書かれた膨大な文書が手つかずのまま放置されていて、内紛などで貴重な文書が失われているということだ。それ故に、消滅危機リストの遺産になっている。
ニジェール川を渡る
2.バマコに到着
機はさらに高度を下げて、赤土のちいさな空港に着陸した。これでも国際空港だというのだから、まったくの驚きだ。日本で言えば、中標津空港ぐらいの規模じゃあなかろうか。この空港には誘導路が無いので、今着陸した滑走路を逆走してターミナルへ向かう。もしもこの時に、誤って他の機が着陸してきたら正面衝突であることは、言うまでもなかろう。
ドキドキでぃつつも窓の外を見ていると、むか~し使っていたと思われる管制塔の前に、B727やDouglas DC-3といった骨董品の飛行機が見える。さらに、軍隊の宿舎らしきものを見つつ機は滑走路24を逆走し、左折してターミナルへ入っていく。
骨董市のような飛行機群
駐機場にはどこの航空会社かわからないような民間機と、ベルギー国旗が垂直尾翼に描かれたC-130輸送機が陣取っている。また、その向こうに小さな管制塔が見える。ここは軍隊と共用の空港のようだが、駐機場が民間機と同じとは驚きだ。おそらく、それだけ緊張しているということだろう。
バマコ セヌー国際空港
その反対側は整備地区のようで、赤土の上に牽引車やパレット、軍用車両、その他部品と思われるものが無造作に置かれている。珍しがって見ているとドアが開き、隣のマリ人のおっさんも降りていった。それと同時に熱い砂漠の空気が機内にも入ってくる。一応エアコンは回してくれているが、それ以上に外気が熱いようだ。因みに、後日ダカールで天気予報を見ると、バマコの最高気温が40℃を軽く超えていた。当然、この日も同様に暑い日だったのだろう。
武器?が散乱している
窓の下では、床下貨物室のドアからLD-3規格コンテナを下ろしている人が見える。この暑さの中だが、真剣な表情で牽引車を移動したり、ローダーを操作したりしていた。お疲れさんです。
どのくらいか過ぎると、バマコからの乗客が乗ってくる。隣の席が空きになるといいなと思っていたが、なんとスイス人のネエチャンが「ハァーイ」とやって来た。これはツイているぞ。今年の正月に引いたおみくじが「大吉」だったのは、伊達ではないのか。そしてその彼女の名前は「シャティー」さんで、ダカールにある「UNESCO」の事務所で今年から働いているそうだ。今週はバマコで研修があって、その帰りにということだ。
さて、その「UNESCO」は「国連教育科学文化機関」と訳されている。そこで彼女は西アフリカの教育普及促進の仕事をしているのだが、この地域は世界でもトップレベルに就学率が悪いそうだ。その理由は、最初は学校に行く子供は多いのだが、家の仕事が忙しかったりして、だんだんと落ちこぼれていくということだった。
当方も自己紹介をするのだが、もちろん「バツイチ、無職で気ままな旅行中」と名乗っておく。
3.ついにダカールへ
そうこうしているとドアが閉まり、この909便は最終レグである、ダカールへ向けて動き出す。またまた滑走路27を逆走して端まで来て、Uターンして加速を始めた。ただ、舗装状態はそれほど悪くないようで、振動はそれほどでもなく離陸と共にすっかりと消える。
そして今回も、20分ぐらいして高度が15,000 feetを超えた辺りで、さっさとシートベルトサインが消える。こちらはこれが普通なのだろう。
さて、隣の「シャティ」さんとは会話が続いており、スイスでも日本同様に少子高齢化が深刻だそうだ。もっとも、そこでは移民により労働力を確保しているので、そのあたりは日本とは異なる。
このフライトで3回目のおやつを食べていると降下が始まり、いよいよダカールへの着陸が近づいてくる。因みに、彼女の住む家は空港の南側になるようで、当方が泊まるホテルとは正反対の方向だ。モニターで地図を出して示そうしているのだが、当方のモニターは前述のように操作不能だ。この件について彼女は「この路線ではそんなことは驚くことではないわよ」と話してる。続けて「でもね、飛行機の機能関係はきちんと整備されているのよ」とも。確かに、エアコンは寒いぐらいに効くし、巡航中は安定している。
そう思っていると、いつ開港するかわからない新しいダカールの空港である「ブレイズジャーニユ国際空港」の上空を通過し、現在運用中の「レオポルド・シダール・サンゴール国際空港」が見えてくる。
さて、ダカールはセネガルの一番西、カップベール(ケープ・ベルデ)半島にある。また、市街地はその南にあるのだが、空からはそれらが全て一望できる。30時間近い旅の最終目的地に、やっと到着するのだ。
そうだよ、ついにアフリカ最西端の街、ダカールにやってきたのだ。パリ・ダカールラリーの終着地、ダカールだよ。そう考えると、感動で胸が熱くなる。しかし、上空からよくよく見ると、すごく豪華な建物がたくさんある反面、空港近辺には掘立小屋同然の住居もかなり見える。どうも貧富の格差がかなりあるようだ。
ダカールの上空
(右奥が市街地)
「ドスン、キュキュ~」とややショックを感じて、同空港の滑走路36に着陸した。「ついに来たぞ~」とガッツポーズをしていたら、シャティさんが笑いながら「ようこそダカールへ」と歓迎してくれた。