2015年 夏の北海道ツーリング

 

2015年 7月29日~8月8日

 

道の駅 鐘のなるまち・ちっぷべつの鐘の塔

 

 

8月3日(5日目)

その1

 

1.起床

 

5時頃にエンジン音で目が覚める。一体何なんだろう。テントの外を見てみると、芝刈り機に乗ったじいさん達が、楽しそうにパターゴルフ場のコースを整えている。仕事は朝が早い方が効率が良いというが、何もこんな時間から始めることはなかろう。そう思ってもう一度寝る。そして、少しウトウトしたら「ガゴ~ン、ゴロン~、ガゴ~ン」と、大音量の鐘の音で再び目が覚めた。

 

ここ秩父別は、道の駅にもその名があるように「鐘のなるまち」であるが、朝6時とは思わなかった。幸いにも昨日は極早い時間に就寝していたので、寝足りないことはない。起床して朝飯にしよう。今朝はいつものではなく、昨日買っておいたカップ雑炊を食べる。朝飯に熱いものを食べると胃腸働きが促進されるようなので、朝から気分も爽快だ。たまにはこういうのもよろしいか、と思う。

 

それにしても、今日も朝から蒸し暑いし、湿度も高い。おかげで、テントのフライシート水滴でベトベトになっている。例年ならさらっとしているので、こんなことはないのだけどな、そう思いながら雑巾で水分を拭って、陽に当てて乾かそうとする。ところが、さっきまで強い日差しがあったにもかかわらず、いきなり雷雲らしきものが発生して天気が急変してきた。おいおい、雨が降ったら撤収どころじゃあないぞ。心配して様子を見ていると、時間と共に天気は回復していった。朝から脅かさないでほしいものだ。

 

朝になれば勝手に陽が当たってくるので、荷物だけを出して放置しておこうと思ったが、TDMにフライを干して乾燥時間を短縮することにした。すると、確かに早くは乾いたが、チェーンの油で汚れてしまった。急がば回れではないが、焦ってはいけないと反省した。

 

2.出発

 

天候はすっかり回復して、荷物の搭載も完了した。メーターの積算計を撮影して出発する。まずは国道233号線を右折して、2kmぐらい東へ進む。そして、今度は秩父別I.C.から深川留萌自動車道へ乗り、日本海へ出ることにした。

 

この国道233号線バイパスでは、交通の流れは相当に速い。途中でメチャクチャに飛ばしたボロボックスが50ノット以上の速度で追い越していったので、こいつをペースメーカーにしてこちらもくっついていく。それにしても、営業車って常にこんな速度で走っているのだろうか。北海道は広いから、特に飛ばす傾向があるように感じた。

 

留萌までの30km弱を30分弱で走りきった(ことにしておこう?)。少しだけ通常の国道233号線を走ったら、留萌の市街地に到着した。本当は「蛇の目寿司」で寿司を食べたいが、時刻はまだ9時になる前なので営業していない。残念だが市街地を通り越して、黄金岬の女性型の灯台を見に行くことにする。

 

数台のバイクとすれ違いつつ国道231号線、道道22号線と西方向へ走っていくと、灯台までの案内看板を見つけた。そして、それに従って走行していくと、結構厳しい未舗装路が見えてきた。ちょっと躊躇したが、灯台はすぐ先に見えたので、しっかりとニーグリップを効かせて慎重に車輪を進めていく。さて、その灯台であるが、案外小さい。灯台というよりも、むしろ街灯というところだろう。

 

関係ないが、当方が高校入試で受けた試験に「むしろという言葉を用いて、文をつくれ」という問題があった。当方の答えは覚えていないが「これは畳というより、むしろだ」という回答があった、と後日聞かされた。この回答は×だったようだが、今思えば問題が「接続詞であるむしろ」と用法を限定していなかったので、○であると思う。

 

黄金岬近くの灯台にて

 

灯台はちょっと残念だが、それよりも隣のテトラポットを鋳造、いや製造している現場の方が迫力がある。あの大きな物体は、大きなクレーンでコンクリートを型に流し込み、型から取り出していたのかぁ。暫し見とれてしまう。これも関係ないが、当方が水泳部に所属していた中学時代に、夏風邪をこじらせたことがある。その際、診療所の医者が聴診器を当てるために服を脱いだところ、毎日部活で焼いた当方の肌を見て「いい色だねぇ~、暫し見とれるねぇ」とほざいていた。こっちは熱が39度以上あってヒーヒー言っているのに、何をふざけているんだと本当に辛かったことがある。

 

テトラポットの型

 

さて、ここは正確には黄金岬ではないので、すぐ近くにある黄金岬へ寄っていく。元来た道を戻り、5分程先へ進んでいく。なんだか岬という割には尖っていないし、暗い雰囲気の場所だ。そして、周辺にはキャンパーの車が路駐してある。そしてそこにいる人たちは、しばらく風呂に入っていないような様子で、ダラダラと日常を過ごしているように見えた。そして、特に景色が良いというわけでもなかったと追記しておこう。

 

黄金岬の碑

 

岬の見物をした後、もう一度留萌の街へ戻り、蛇の目寿司の店舗を見に行く。元来た国道231号線を戻っていくと、その道沿いにありました。それ程大きな店ではないが、大人気のお店らしい。ただ、今回は残念ということで、また次の機会に訪れたい。

 

3.うにを食おう

 

さて、国道231号線から232号線に乗り換えて、北へ針路を採る。今日も天気も良く、ジリジリと夏の太陽が照りつけてくるので暑い。今年は本当に暑い日が続いているのだが、こんなに暑いのは初めてだ。眩しく光る海を見ながら、気持ちよく進んでいく。ここを走るのは2006年にR1-Z氏と渡道して以来だ。あの時はカットビカタナに乗る男女に続いて、走り抜けたっけ。あれから10年近くが過ぎたのか、歳を取るわけだ。

 

しみじみと走行していると、道の駅 おびら鰊番屋が見えてきた。ここも立ち寄ったことがなかったので、水分補給がてらに停車することにした。まずはガブガブと水を飲み、真新しい建物に入る。そして、この旅ではお馴染みになったスタンプ帳にスタンプを押す。既に半分以上の欄が埋まっているので、最終日を待たずして打ち止めになりそうだな。

 

そう思って回りを見渡すと、鰊漁の展示があることに気がついた。先般放送されていたNHKの朝ドラ「マッサン」の中で、鰊番屋が頻繁に登場していたことを思い出し、展示パネルの説明を読んでいく。すると、漁の最盛期には多くの漁師が各地からやってきて、鰊で海の色が乳白色になっている所で漁をしたということだった。当方の場合は、懐中電灯で明るくした所に「ボラ」が少し集まって黒くなっているところしか見たことがない。海全体が魚の色になるとは、どれほどのことだろうか。想像もつかない。

 

そして、獲った鰊は食べるわけではなく、日に干して肥料にすることが主流だったと知って二度驚いた。そうなのか、確かに、鰊はそれほどおいしい魚とは言えないかな。さらに道の駅の向こうへ行ってみると、鰊番屋が建っている。これは小平の有力な漁師である花田家の実物で、漁の最盛期には180人程の労働者が住んでいたということだ。なるほどぉ~、ひと目で頑丈な家だとわかるほどに迫力のある建物である。え、と言うことは、花田さん家に小作人ではないが、小作漁師が大勢やってきて働いていたってことか。漁師と言えば一匹狼的な職業だとばかり思っていたが、こういう形態もあったのね。遠洋のマグロやカツオの漁船みたいなものか。とても立派な建物なので、ここでも暫し見とれてしまう。

 

花田家番屋

 

いやぁ、それにしても暑い。再び道の駅に戻り、水分補給をして休息する。建物の中なら涼しいのだが、日なたでは耐えられない程だ。ただ、あまりグズグズしていても仕方ないので、出発することにする。走行中は風が当たって良いのだが、走り出すまでがちょっと厄介だ。

 

表に出ると、TDMの隣にセローが止まっていた。電子機器満載で、でっかいトップケースを載せている。しかし、林道を走りそうな雰囲気はまるでなかった。もったいないなぁ、といつも要らんことを思ってしまうが、本当にそう思うので仕方ない。

 

道の駅を出て、海沿いの道を走行再開だ。快晴の空の下淡々と距離を稼いでいきたいが、腹が減ってきた。今朝も起床が早かったので、11時にもなれば人間の燃料補給が必要だ。さて、この辺りで食べるとしたら何がよいだろうか。マップルをチラリと見たら「ココカピウ」と手書きで書かれている。ああ、そう言えば2013年に比布に泊まった時、助言をしたお礼にという名目で、この店を教えてもらったな。

 

せっかくの口コミおすすめの店だから、「みさき」や「すみれ」の看板をすべて無視して、苫前の市街地も通り抜ける。そして、とままえ夕陽ケ丘ホワイトビーチの前に店舗を目指す。そろそろ到着するはずだがなぁ、え、こんなおしゃれな喫茶店なんですか。海鮮物を食べる店は大抵は漁師店であり、見た目はそれほどでもないことが多い。事実、最初はこの店が探しているものとは思わなかったぐらいだ。

 

店の前にTDMを止めて、店内に入る。海側に向かって半円形にカウンター席、その内側にテーブル席があり、収容人数は20名程度だろうか。ひとまずカウンター席に座り、メニューを見る。うにってやっぱり高いんだけど、モノとの対価でいけば安い部類になるようだ。ところで、うには「バフンウニ」と「ムラサキウニ」に分かれる。その味は全く異なり、「バフンウニ」は「ムラサキウニ」よりも味が濃いようだ。一方「ムラサキウニ」は、味は淡白であるという。当方は両方食べ比べたことがないのでよく知らないので、ムラサキウニとホタテの半々を注文する。すると店員さんは「ちょっとまだ殻からむいているので、30分ぐらい時間をもらえるか」と申し訳なさそうに言うので、別に構わないよと。別に焦る旅でもないさ。

 

カウンター席からの眺め

 

時刻は11時過ぎなので、開店間がなく準備ができていないのだろう。そう考えていると、後から常連と思われる人達がやってきた。そして迷わず「バフンウニ丼を3つ」と注文していた。そのお客と店員のやりとりを聞いていたところ、どうやらここ5日ぐらいはウニ漁ができなかったようだ。どういうことかと言うと、うには小さな漁船に乗って箱メガネで海底を見て、やりで突いて獲るものだ。つまり、ちょっとでも波が出たりするとウニ漁は中止になってしまうのだ。これは海洋資源保護のために採用されている方法で、それでも採算が取れるように高めの値段設定がされているわけだ。

 

何にしても、今日来られたのは運が良かった。因みに、店によってはある程度活けすに入れてストックしているようだが、獲りたてには味がかなわないことは言うまでもなかろう。また、店内を見回していると、ウニ漁は6月10日から9月14日までに制限されていると貼り紙が出ていた。まさに、北海道の夏の味覚なんだろう。関係ないが、インストラクターの知り合いに「ミカコさん」という人がいる。「ミカク」、「ミカコ」何か似ていませんか(はい、次)。

 

おお、うにが来た来た、いっただきま~す。うぉ~、小樽で食べたものもそれなりだったが、獲りたては鮮度が違う。いや、小樽のものでも十分に鮮度は良かったのだが、さすがに漁獲したてをむいてすぐに出てきたものとは比べようもない。うにの純粋な味はコクのある塩味のクリームであり、それ以上でもそれ以下でもない。

 

ムラサキウニとほたて丼

 

あっという間にうにを平らげて、ほたてにかかる。こちらも申し分ない甘さ、そして歯ごたえだ。魚党の管理人としては大満足である。また、量的にも暑さで食欲が落ちてきているので、腹8分目のベストだ。こんなに景色の良く夏らしい日に、夏の味覚を新鮮そのもので食することができた。これ以上のことはそうそう無いだろう、こうしてレポートを書いていると、このツーリングの頂の一つだったことに気がついた。

 

4.北へ行こう

 

早めに補給をしたので、後は走行に専念灸だ。日没は19時頃だから、まだたっぷり7時間以上もある。今日はどこまでいけるのか、そう思いながらマシンに火を入れて走行を再開する。それにしても今日も良い天気で、海風も気持ち良い。方位を090°としてオホーツク海側に転身しようかとも考えていたが、このままオロロンラインを突っ切ることに決定した。そう思うと気持ちも盛り上がってアクセルを開けてしまいそうになるが、取締で挙げられてしまっては台無しだ。

 

35ノットを維持して羽幌の街へ入ってくるが、ここに巨大オロロン鳥がいることは有名だ。これは羽幌のホテルが管理をしているようで、綺麗に色が塗られている。せっかくなのでここで止まり、写真を写していく。よく見るとペンギンみたいで、愛嬌のある顔をしている。因みにオロロン鳥は通称で、ウミガラスが本名ということだ。

 

街道沿いのオロロン鳥さん

 

さて、この辺を走行していると沖合に天売島、焼尻島が見えるのだが、天気が良いわりには海上は霧っぽくて視界が悪い。結局、島は良く見えなかったのだが、ここまで北上してきても空気が湿気っぽく、べたついてくるのだ。例年だとこんなことはないのだが、今年は「エル・ニーニョ」現象で日本付近は水蒸気のたまり場になっているのだろう。

 

羽幌の街を過ぎて、北側にもいる、もう一羽のオロロン鳥さんを横目に北上を続けていく。道の駅 ロマン街道しょさんべつでスタンプを得て、次の道の駅 富士見へ向かう。ところで、この辺はマップルでもコメントがあるように、アップダウンを繰り返す道が続いている。丘を一つづつ超えていくとそれだけ稚内が近くなるので、わかりやすくてよい。

 

丘を越えて

 

道の駅 富士見に到着した。相変わらずの暑さで体力が消耗してきたので、アイスナメナメといきたい。ところが、バニラではなく、いちごにしたのがよくなかった。人工の香料の風味がきつすぎて、胃がもたれてしまったのだ。

 

日陰で口直しにお茶を飲んで、地図を見て道のりを確認する。前述のように、今年はスズキワールドのスタンプ帳を持参しているので、次の道の駅 てしおでもスタンプを押して、オロロンラインを行くとしよう。おっと、ランディングはどうしようか。最北と言えば、やっぱり「みどり湯」かぁとここで電話を入れて、宿を確保しておく。

 

ところで、こちらの道の駅 富士見のスタンプには「モモンガ」が描かれていて、「ももちん」という愛称も付けられているようだ。モモンガと言えば、本州に生息する「ホンシュウモモンガ」と北海道に生息する「エゾモモンガ」がいるようで、「ももちん」は後者だろう。モモンガはあまり馴染みのない動物だが、当方等のツーリング仲間であるW氏の自宅周辺にもホンシュウモモンガが生息しており、滑空するときには「ガ~」と哀愁漂う鳴き声がするそうだ。また、能年ではないが、外敵から身を守るために「クリクリの目」をしており、とても可愛らしいと補記しておこう。

 

「ももちん」

遠別町の特産品である、米、タコ、ヒラメも描かれている

http://www.hokkaido-michinoeki.jp/data/8/each.htmから引用)

 

 

こうして、走行を再開し、てしおでもスタンプを得たので、いよいよ稚内まで一直線だ。そう思って車輪を進めて行くが、何かおかしい。道道106号線を走っているつもりが、国道232号線を走ってました。その途中、オトンルイの風車を裏側見ることになった。たまにはこういうのもよかろう。

 

オトンルイの風車郡と利尻富士

(霞んでいるのが残念)

 

マップル上で細く描かれた道を辿り、道道106号線に復帰する。時刻は15時頃、オロロンラインは一直線の海岸沿いの道路だ。稚内の市街までは50kmぐらいなので、小一時間あれば到着できそうだ。

 

オトンルイの風車群を通過して、北緯45度のNモニュメントが見えてきた。いつもは通過するので、今回は写真を撮っておく。霞んではいるが、利尻富士が頂上まで見えることはあまりないからな。

 

北緯45度のモニュメント前にて

 

 

気持ちにゆとりができたので、景色を楽しみながら37ノットを維持して走行する。右には原野、左には日本海と利尻島、そしてこれから走行する道はまっすぐで霞んでいる。ああ、俺は今、北海道に来ているなぁと感じる瞬間だ。と同時に、景色があまり変化しないからだろう、自分は移動しているのかという疑問も浮かんでくる。しかし、左に見える利尻富士がどんどんと大きくなってきた。だんだんと最北の地に近づいていることは間違いないので、嬉しく、また安心した。

 

抜海の市街地で一旦クランク状に走行して、再びまっすぐな道をすすんでいくと、ノシャップ岬へ続く254号線との交差点を通過する。稚内の市街地はもうすぐだ。さて、これで今晩の宿に到着だが、時刻は16時前である。まだ十分に陽が高いので一旦みどり湯を通過し、市街地で国道238号線に乗り換えて、宗谷湾に沿って走行を続ける。

 

ここまで来ても暑さは続いているが、多少はマシになった。市街地を過ぎて稚内空港辺りでは、吹いてくる風が最北らしく冷たくなってくる。そして、さらに進んでいくと、漁師の家が点々と現れる。ただ、人の姿はあまり見られないので、もうそろそろ休む頃なのかと思われた。

 

 

8月3日(5日目)その2へ続く