2014年 夏の北海道ツーリング

 

2014年 8月22日~31日

 

上士幌航空公園キャンプ場の朝

 

8月25日(3日目)

 

1.起床

 

朝は5時に目が覚めたので、湯を沸かしてコーヒーを入れる。別になんてことない作業だが、こういう火を使うところはいかにも「キャンプしています」という気持ちになる。そしていつものように、カロリーメイトブロックを食べるのだが、なぜか北海道では4個入りのフルーツが売られていないし、また2個入りも売り切れだったりする。仕方なく4個入りのチョコレートとした。

 

もう一回天気予報を確認すると、昨日は弱い低気圧が通過したようだ。そしてオホーツク海高気圧が北から張り出してきている。こいつの勢力が強いようなので、不安定ながらも晴れが予報の基本になるようだ。それを知って、今日も走るぞとやる気が出てきた。

 

飯の後は歯を磨いて撤収にかかる。まずはシュラフを畳み、小物を袋に小分けしてからザックに詰めていく。その際、充電器やお風呂セットは別に用意した雑嚢に入れて、いつでも使えるようにしておく。また、地図と帽子、カメラは今回から導入したタンクバッグに入れる。

 

今日は湿度が低いのでフライシートは濡れておらず、問題なく畳むことができた。また、芝生の地面はちょっと濡れていたが、専用グランドシートのおかげてテント本体が濡れることはない。このグランドシートは本当に優れもので、フライのみを自立させることもできるので、雨の日でもインナーテントを濡らさずにしまうことができる。また、今日のように晴れた日でもテントを収納した後、雑巾で拭いて日に干しておけば、10分程度で乾かすことができる。昨シーズンから導入したモンベルクロノスドームⅡ+グランドシートであるが、ここへ来てとても良いテントであることが判明した。

 

2.ナイタイ高原へ

 

感心している場合ではない。撤収に手間取って9時近くになってしまった。ゴミを分別し、捨てて出発だ。まずは道道337号線を針路090°で走り、市街地手前で左折したら806号線で高度を上げていく。そう、まずは見晴らしの良いナイタイ高原を目指す。ここは晴れている時に行きたい場所で、今日は遠くから見ると少々雲がある。判断に迷うが、とりあえず行ってみよう

 

爽やかな朝の風を切り、とうもろこし畑の中を通る道を45ノットで飛ばしていく。そして、高原まで一気に駆け上がる道に入ると、日本でも最大規模の牧場ををうねりつつ通る道、そしてその終点に見える頂上、思わず「ホー」と奇声を上げてしまった。

 

ナイタイ高原へ向かう途中

 

そのワインディング路を荷物満載のSLでかっ飛ばすのだが、250ccにも満たないこのエンジンでも、オフロード寄りに設計された足回りでも、案外安定して40ノット程度で走行することができる。もちろん、TDMのような重厚感はないのだが、必要にして十分な性能だ。もちろん、タイヤがロード寄りのものであることも、コーナリング性能を引き出す要因になっている。

 

気持ちよく走行して、ナイタイ高原牧場へ到着した。当方以外には1名しか人がおらず、この景色は俺の貸切同然だ。ただ、期待していたほどの景色は見れず、ちょっと残念だ。ともかく、うまい空気を胸いっぱいに吸い込んで、高原の朝を感じてみる。そうこうしていると、TDMに乗るライダーがやって来た。なんだか嬉しくて話してみるが、この方も5万km以上走行しているベテランで、「TDMの次に乗るバイクがない」と管理人と同じ意見を持っておられた。そうだよ、乗り換えるつもりはないんだけど、次に乗るバイクが見つからないんだよなぁ。

 

 

写真だとイマイチ

 

写真を撮りもう一度よく景色を堪能して、トイレに向かう。その時、バギーで牛追いをしている光景を見かけた。バイクやバギーはこういう場でも結構活躍していると聞いていたが、実際に見たことはほとんどない。

 

牛追い

3.海か山か

 

さて、この先どうするか。昨日上士幌に宿泊したのは、2つの飛行計画が、つまり「海沿い」コースと「山沿い」コースを天気に合わせて選択ができるからだ。今日の天気は、上記写真のように、海沿い(右側)も山沿い(左側)も雲がかかっているので大差はないようだ。それならばと、オンネトーを通る山沿いコースを選択することにした。

 

今上ってきた道を市街地まで下りて、道道660号線で磁方位120°で進んでいく。国道241号線で足寄へ向かうのではないのか、と突っ込みが入りそうだ。何のことかね?いつもその道を通っているので、今日は違うルートを選択してみたのだよ、ヤマトの諸君。

 

この道も道道の番号が付与されているが、その実態や農免道路と同じである。交通量はほとんどないし、道沿いに牧場やトウモロコシ畑が延々と広がる、いかにも北海道らしい風景が続いていく。さらに進んでいくと、最近新しくできたと思われる橋を渡るのだが、ここはもともとはダート路だったようだ。昨年購入したマップルでは「ダート700m」の記載が残っている。

 

自機の位置も確認しつつ、勇足の街に到着した。ここからは国道242号線に乗り換えて、足寄方面へ北上する。そして時刻が11時を回った頃に本別の街へ到着するが、ちょっと疲れたし腹も減ったので、ここで人間とマシン共に補給することにした。また、お金をおろす郵便局にも寄らなくてはならない。

 

まずはセイコマを発見したので、ここで昼食とする。ところで、セイコマは惣菜が充実していて、100円のおかずなどが豊富に取り揃えてある。今日は北海道の名物である「ざんき、おにぎり、こんにゃくゼリー等を購入した。このこんにゃくゼリーであるが、旅に出ると大の出が悪くなるので、なるべく繊維質を多く摂取するするために、日当たり1回から2回食べるようにしている。

 

マシンの横で食事をしいると、ボロのW650(W1ではない)に乗るおじさんがやってきた。何がボロかって、灰色のサーフェサーのみを塗っていて、ボコボコになっている燃料タンクだ。これではタンクの容量を使いきれないだろう。

 

そう思って飯を食べていたら、おじさんが話しかけてきた。最近はこういう機会は珍しいので管理人も応じてみると、彼は船の機関士をしていたそうだ。え、じゃあボア径が1700㎜のピストンとか見たことあるってことか。ユニフロー2ストロークエンジンとか、詳しいってこと?

 

いろいろとその手の話を振ってみたら、「良く知っているねぇ」と感心されてしまった。因みに、軽自動車で有名な某D社も船舶用ディーゼルエンジンを製作しているが、「D社はシェアでいけば、かなり少ない方だ。大手のIHIやKHIの次には新潟エンジンがくるよ」と教えてくれた。「そぉなんですかぁ~、新潟エンジンって知りませんでした」と返答する。さらに、「D社はダメハツ、新潟はガタガタって呼ばれていて、大手に比べるとモノが良くない」ということだった。最後にクランクシャフトの軸受けについて尋ねたところ、「幅が500㎜近くあってね、鋼鉄の上に軟鉄やメッキコーティングがしてあるよ」と話してくれた。

 

すっかり船舶エンジンの話題で盛り上がった後、おじさんに見送られて出発する。丁度国道沿いの街中だったので本別郵便局を発見し、現金を入手できた。次はマシンの燃料を搭載しなければならないが、こちらは以前本別に来た時に利用したホクレンにて、12ポンド程度を搭載した。ここまででオドメーターは206㎞を示していたので、燃費は34㎞/Lというとこか。まずまずだね。

 

4.東へ

 

これで午後からの走行は準備は万全である。さて、今日はどこまで行けるだろうか。無理はいけないが、できるだけ東へ向かって走りたいものだ。

 

今のところ天気は良く、強めの日差しがあるので気分は上々だ。鼻歌交じりに北上を続けていると、足寄の街へ入ってくる。そこで気がついたことは「千春の家」の看板がそこらじゅうに立っていることだ。最近増設されたのだろうか、前はこんなに無かったよ。こうして足寄の中心部にある、あしょろ銀河ホール21前にて右折し、針路を090°に変えて、国道241号線を走行する。そして、既に営業をやめたことは知っているが、ジンギスカンの大阪屋へ寄り道をする。

 

美容院のちょっと向こうに・・・、ああ、ありました。建物は店舗兼住まいなので、そのままの形で残っているが、看板は取り外され、ポールが店の名残を残している。よくよく考えてみると、2011年に訪れた時が最後になってしまったようだ。2010年はライハに泊り、6畳の部屋に7名くらいで寝たっけ。そんな思い出がよみがえってきた。店のおじさんもおばさんも80歳を過ぎたので仕方ないが、また食べたいジンギスカンであった。お疲れ様でした。

 

大阪屋を後にし、引き続き標高を上げつつどんどんと山間部へ入っていく。それにつれてだんだんと雲行きも怪しくなってきた。やっぱり海ルートの方がよかったかなぁ。そんなことを今更後悔しても仕方ない。しかし、雨は完全に霧雨で、風に乗ってきて降っているという様子なので、今のところはカッパ装着はしない。

 

はっきりしない天気の中を構わず進んでいくと、大きなふきで有名な螺湾地区に入ってきた。ここはちょっとした観光名所で、螺湾ふき鑑賞ほ場がある。とっくにシーズンが過ぎているので素通りしたが、この周辺には巨大なふきが自生している。顔のでかいことで有名な、芸人の「キ●タロー。」の2倍ぐらいの面積がありまそうだ。いや、小さめのビニール傘くらいはあるかもね。

 

羅湾ふきの一例

(これは小さい方)

 

さて、この螺湾地区から道道664号線に乗り換えて、オンネトーへ向かう。相変わらずパラパラと降ったり、日差しが差したりと忙しい天気だ。

 

それはそうと、今日は走行は2日目(日程は3日目)であるが、せっかく北海道を走っているので、「1日1回はダートを走ろう」という目標を掲げて、実行することにした。昨日はパンケコロニベツ林道で痛い目にあったが、そんなことは関係ない。その日を楽しもうではないか。

 

そして今日は、この道道664号線のオンネトーから足寄側へ続く7㎞程のダート路を行くことにした。因みにこちらのダートはTDMでも走行したことがあるので、ロードバイクでも楽勝であると追記しておこう。

 

さて、そろそろダートかなと意気込んでいたら、エンジンの調子が悪い。あれ、止まっちゃったよ。ガソリンはさっき入れたばかりなのに、どうしたのだろうか。仕方なく路肩にマシンを止めて、いろいろ試すことにした。

 

まずはキルスイッチがOFFになっていないかを確認する。これは20年以上前に、梅澤さんのセローでやってしまったミスだ。キルスイッチをOFFにしたまま汗だくになって押しがけして、いい加減疲れ果てた頃に、「これがOFFになっていたら火は飛ばないよな」と当方が発見したのだ。

 

こちらは大丈夫なので、セルスイッチを押してエンジンを始動する。なんだ、通常通りにアイドリングはするではないか。ただ、アクセルを開けてもまったくツイてこなく、「ゴボゴボ」とエンストしてしまう。おかしいなぁ、メイン系からガソリンが出ていないのだろうか。キャブのスロットルバルブが開いていないのだろうか、はたまたメインジェットが詰まってしまったのか。

 

この時ばかりは「ひょっとして、俺って今ピンチなの?」と深刻な状況下にあることに気が付いてしまった。こんな携帯電話も通じない、交通量もほとんどない、さらに時折霧雨がパラパラと降ってくる、この道で立ち往生・・・。

 

「あははは」まず、こういう時は笑うことが必要だ。これはパイロットの訓練などでも実践されることがあるようで、「ひとまず落ち着き、状況を把握する」ために行うことだ。

 

とは言ったものの、どうしようか。どこが悪いかを確かめるために、プラグを外すことにする。工具は車載で十分なのでシートから荷物をおろし、シートを外して工具を取り出す。果たして、プラグを外してみると、教科書に載っている「良い例」のような焼け具合だ。そうか、エンジンそのものは大丈夫のようだ。

 

荷物を下ろして点検中

 

ということはキャブレターかぁ。もちろん分解することはできないが、コンコンと叩いたり、ちょっと揺さぶったりしてみる。するときつねも出てきて、こちらに同情の目を向けているのか。騙されたのか、いや、そんなことはない。ええと、ガソリンが漏れたりはしていないし、アイドリングはできるのだから、基本的な部分には不具合はないようだ。事実、ここまでは至極快調だったわけだし。いや、そもそも、昨年冬にはガソリン漏れでOHを依頼しているので、内部構造的な問題もないだろう。もっとも、店が酷い作業をしていたなら話は別だが。

 

水分を摂りつついろいろと考えてみる。OH済みだし、漏れもない。あ、そう言えば、納車の時にアイドリング回転数が高いなぁと思い、随分とスクリューを緩めたなぁ。んー、確かアイドル回転数は規定で1,400r.p.m.だ。そういえば、TDM購入時にも、当方の無知からアイドル回転数を下げ過ぎていて「規定よりもアイドリング回転数が大きく低い」という理由で不調になったこともあった。

 

もしかして、アイドルスクリューを緩めすぎて、バタフライバルブが閉まりすぎ、キャブレター上部のダイヤフラム部に負圧が発生していないのかも・・・。そういえば、2週間前にも同じ不調が出た時に、チョークを引いてアクセルを開けたら解決した(と思い込んでいる)なぁ。

 

もう一度アクセルをあおってみると、やはり、明らかにメインジェットから燃料が出ていない、2週間前の不調の対処策、納車時の操作、・・・間違いない。ためらわず、エンジン音を聞きながら、アイドル回転数を「規定数」の1400r.p.m.付近になるように、アイドルスクリューを締めてみる。ちょっと回転数が高いように思われるが、TDMでのアイドルエンジン回転数である1,100r.p.m.、また4輪車の700±100r.p.m.から想像するに、このくらいでピッタリのはずだ。さて、この状態でアクセルを開けてみると、ちゃんとツイてくるではないか。

 

なんだよ、俺、やっぱり無知だな。因みにムチムチも好きである。そんなことはどうでもよいが、最悪の事態は免れた。ここでどっと力が抜けてしばらく呆然としていたが、やれやれと重い腰を上げて荷物をマシンに再搭載する。この時点で時刻は14時、約1時間の損失となってしまった。まあこんなこともあるさ、気を取り直してダート路へ進入していく。この道は固く締まったところに砂利がまいてある道で、オフ車ならかなり楽しむことができる。森の中なので景色は見られないが、上流部で幅の狭くなった川沿いに、前述のふきがワサワサと自生している。

 

道道664号線のダート区間

 

そしてその森を抜けて、再び路面が舗装になったところでオンネトーに到着する。バイクを止めて、湖面を見に行く。さっきは太陽が出ていたのに、ここでは霧雨模様の天気だ。当然、2つの阿寒岳は見えないし、湖面の色変化がよくわからない。やっぱりこういう所は天気の良い時に来たいが、こればかりは何ともならない。あきらめて次回へ期待しよう。

 

晴れていないと色もよくわからない

 

標高が上がったせいか霧雨が続いているし、先ほどの一件で疲れている。ひとつ温泉にでも入っていこうか。丁度前から気になっていた、オンネトーのすぐ傍にある「野中温泉」へ寄っていくことにした。湖からちょっと走れば硫黄の匂いがしてくるので、すぐに場所はわかる。

 

建物の軒を借りてマシンを止めて、お風呂セットを持って足どりも軽く温泉に向かう。この際、温泉に入り終えて、今出発しようとしているハンターカブ氏と挨拶を交わす。入湯料を払い、長い廊下を歩いて浴場へ行く。この廊下が長いことはもちろんだが、そこに飾ってある訪れた有名人のサインがすごい。バカボンの作者である、赤塚不二夫のものには驚いた。因みに、当方は今年ついに「バカボンのパパ」の年齢である41歳だ。エンディングテーマ内にそのことが歌われていることは、当方の年代以上の方ならおわかりだろう。

 

さらに、脱衣所に入ってまたまた驚いた。何だか見覚えのある場所だなぁ、そうだよ、ここは20年前に来たことがあるじゃん。そうか、初めて渡道してきた1994年以来かぁ。なぜだかわからないが、この瞬間にこの20年間にあったことがどんどんと思い出された。

 

不思議な気持ちになり、浴室へ入っていくとまたまたビックリ、なんと風情のある湯船だろうか。全て木で造られた浴槽、床も木、腰掛けも木、桶はなぜか「ケロリン」である。丁度他に人もいないことだし、写真を撮ろう。

 

野中温泉別館の屋内風呂にて

 

オンネトーには20年前以外にも2009年や2011年にも来ていると思うが、この温泉周辺は硫黄の匂いが漂っており、いかにも温泉がありますという感じだ。そして前を通る度に「寄っていこうかな」と心が動くが、時間的な都合やその日の予定もきっちりこなしたいので、結局素通りしていた。しかし、今日は自分の無知に由来するトラブルのおかげで、予定もヘッタクレもない。旅というものは予定を外しても何か楽しいことがある、というものだろう。図らずも今日はそれを実践したというわけだ。

 

この後、露天風呂の写真も撮影し、湯船に浸かって疲れを癒す。おや、女湯との境界は簾一枚か??、これでは若い人は入らないだろう。ちょっと期待していたが、女の人そのものが入浴することはなかった。

この露天風呂が最高!!

 

ノボシビルスクになる前に上がろう、まだまだ今日は走行が残っている。そこそこに温まり、脱衣所で服を着る。すると他の入浴者がやってきて、写真を写していた。やっぱりこの浴室を見たら、写したくなるよなぁ。

 

やや物足りないぐらいで湯から上がったのだが、それでもちょっとノボシビルスクのような感じがするので、水分補給を兼ねて休息室でゆっくりする。外を見ると曇り空で、時々霧雨が風に乗って降ってくる。「ここからはカッパ装着かな」とちょっと気が重いが、大雨にふられないかとビクビクするよりもマシだし、体も冷えないで済むから大人しく自然現象に従おう。

 

気分新たに走行を再開する。道道915号線を走り、国道241号線に合流する。この辺りからはけっこう雨が降ったようで、路面も濡れている。また、時々サラサラと霧雨が舞ってくるので、カッパを装着して正解だった。気分良く足寄峠を越えて、機首090°を維持して阿寒湖方面へ下っていく。この辺りは少し標高が下がるのだが、それとともに天気が回復してきて、太陽が顔を出す。「なんだ、俺ってやっぱり晴れ男か」と自惚れつつ、国道241号線を弟子屈方面へ進んでいく。するとまた少し標高が上がり始め、また霧雨が降ってくる。

 

結局パンケトー付近では霧で何も見えなかったので、そのまま通過する。ここも、天気が良い時にここに来ることは案外難しい。当方の場合は3割ぐらいだろうか。摩周湖よりも条件的に厳しいかもしれない、冷静に分析しつつ双湖台を通過した後、双岳台も通り過ぎる。

 

ここを過ぎるとぐんぐんと標高が低くなってくるので、天気は徐々に回復してくる。やはり、オホーツク海高気圧から供給される冷たい空気が山にぶつかり、南からの温かい風と接して雲になるようだ。明日はなるべく海沿いを走ろうかな。

 

注意してワインディングを下りつつ、弟子屈手前の直線道路へ出てきた。ここは2009年に取締が行われていた場所で、この際は前を走行していたS14型機がブレーキを踏んで、警察がいるよと教えてくれた。今日は単独走行なので、路肩に注意しつつ32ノットを維持して通過する。

 

5.ランディング

 

弟子屈の市街地に入り、セイコマで人間の補給を行う。今日は昼飯を食べたのが早めだったので、やけに腹が減ってきた。既に時刻は16時を過ぎているので、大福やシュークリームで補給しつつ、今日の宿泊場所を選定する。ここで決めておかないと「宿無し」になりかねない。

 

最初は和琴半島キャンプ場を候補にしていたのだが、そちら方面はいかにも「雨が降っています」という雲行きだった。今日もテントでゆっくりしたかったが、ライハに泊まることにしよう。

 

さて、この弟子屈界隈には、ライハが数軒存在している。2009年に利用した「蜂の宿」は安いが、臭いなどがひどいのでパス。屈斜路湖方面の「ポント」や、「めぐみや」も試してみたいが、前述のように雨が予想されるのでパス。ええい、今日は思い切ってとほ宿にしてみよう。そして「一粒の麦」を選択し、電話を入れてみる。すると、2食付き3,000円となかなかの条件だったので、早速予約する。これで今日のランディング地点は確保できた。毎日この時間帯がドキドキするのだが、これも旅の醍醐味である。

 

さて、「一粒の麦」は一応マップルには掲載されている宿だが、わかりにくいということで、オーナーから詳細場所を教わる。それによれば、国道241号線の62kmポストを過ぎたら看板があり、そこを左折して2km弱ということだった。

 

相変わらず小雨が舞ったり、日が差したりする天気の中へマシンで飛び出す。ええと、オーナーに教わったように、国道241号線に乗り換えてっと、低い木が両側に茂る道を32ノットで走行していく。10分ぐらい走行したところで「62㎞ポスト」を発見し、その直後に「一粒の麦」の看板が見えた。

 

国道沿いの看板を見つける

 

ああ、ここを入っていくのね。そして、アップダウンのある直線路を走行していくと、発見しました。全く迷うことなく到着できましたよ。それにしても、周りには本当に何もない。

 

既に到着されているライダーのマシンであろう、バリウスの横にSLを止める。その後、受付を済まし、料金を支払って部屋に案内される。もちろん大部屋の雑魚寝であるが、布団があることはありがたい。部屋には既に同宿の2名が到着していた。そのうち一人はライダーで、表に止めてあったバリウスに乗っている大学生君、そしてもう一人はバックパッカー君のようで、PC端末やタブレット、スマホを代わる代わるに操作している。

 

荷物を上げて場所を決めて、寝床を整えていく。その間、大学生のバリウス君はマシンを清掃すると言って部屋を出ていった。そして、パッカー君にはおすすめの場所を尋ねられるが、実はこういう質問が一番困るんだよなぁ。と言うのも、「良い」と思う場所は人それぞれなので、その人が行ってみないとわからないからだ。一応落石岬やら花咲港のカニやらを紹介してみるが、「足が無かったらいけませんよねぇ」と。そりゃそうだ。落石岬なんて、バスがあるのかも怪しい。また、「バイクいいっすよねぇ」と言うのだが、通常は4輪に乗った方が快適で安く済むよ。

 

また、自分のマシンを点検がてらにバリウス君のバイクを見にいく。タンクの下側など、変なところに傷がたくさんついている。この外観で累積走行距離が2万km以上あっても、40万円もするとは驚きだ。今の相場は全く理解できない。また、その外観なりに磨かれていたのだが、チェーンオイルはほとんど残っていなかった。こういう所の方が大事なんだけどな。

 

人の心配をしている場合じゃあないよ、当方のマシンもチェーンからオイルがとんでいる。今日は林道も走ったし、路面が濡れた区間も多かったからなぁ。これについては、前述の「放浪のページ」の主宰者である「朗報さん」のレポートで、「路面の水分よりも、砂埃がチェーンオイルを乾かす」という記載を見たかけたことがある。ああ、これのことかな。オイルをスプレーしつつ、先人の経験を共有することはありがたいなと思い、チェーンの伸びも確認しておく。こちらは少し伸びているが、まだ大丈夫だ。

 

ふと空を見上げると、雲が多いながらも晴れていて、吹いてくる風も少々肌寒い。北海道はすっかり秋だ。そう感じながら本日の走行を思い出してみる。距離は少ないながら、ハプニングに対処したり、温泉に入ったり、なかなか山谷があったな。今日で上陸して3日目だが、まだ最東端に到着できないどころか、釧路の手前だ。結構一生懸命走っているのになぁ、俺って小さい人間なんだよ。「人間なんてラララララララ~ァラァ~」と吉田拓郎の歌声が聞こえてきそうだ。

 

部屋に戻り、洗濯をしつつ、若い2人の話を聞いて時間を過ごす。夕方暗くなってから同宿の女性2名組が戻ってきた。最初は「どうせ変態」だろうと予想していたが、思ったよりはかなりまともな人のようだ。また、年齢も大学4年生と若いので、バリウス君とパッカー君は浮き足立っていた。当方も久々に若い女性を見たので嬉しかったが、若い者達にはかなわないな、と自分が年齢を重ねてしまったと変に冷静でいられた。

 

6.宿の夕べ(その1)

 

この宿は19時が夕食の時刻であり、料理はオーナーとヘルパー君が準備してくれる。そして、全員が揃ったところでいただきます。この料理の内容であるが、なかなか品数が多く、所々に北海道らしい食材も使用したものだ。さらに、ご飯のおかわりが自由であり、普段から腹を空かしている当方にとってはありがたいサービスだった。

 

夕食

 

ご飯をガツガツとおかわりしつつ、自己紹介をする。もちろん当方は客の中では最高齢なので、若い男女で盛り上がっているのを見るだけだ。それならと、一人でスマホを見ているヘルパー君に話を振ってみた。なぜ彼がここでバイトしているかを尋ねると、オーナーと彼のお父様がお知り合いという縁があるからで、夏休みの間泊まり込みで働いているそうだ。そして、もちろん彼も高専1年生の若者なのであるが、他の2名とはちょっとタイプが違う。スマホで何か動画を観て喜んでいる。あまりにも楽しそうなので、「それは何か」と尋ねてみると、「太鼓の達人45」だと言う。え、何それ?

 

彼の話によると、公式にメーカーから発売されている「太鼓の達人」は、バージョン7か8なのだそうだが、その映像等を利用し、メチャクチャに難しい曲に合わせるものを「自作」した人がいる。そして、その映像がネット上で動画として公開されているというわけだ。その内容たるや、「1秒間に100回叩く」など非現実的なもので、そのバカバカしさに笑えてくる。でも、当方はそういう訳の分からないものが大好きで、そういったものをつぶさに観察し、突っ込みを入れることなどは大得意事項だ。

 

ヘルパー君も当方の性質を見破り、同じ人種の匂いを感じたのだろう。話が大いに盛り上がってしまった。因みに著作権などについては、メーカーもタダで宣伝してもらう形になるので、黙認しているそうだ。

 

7.宿の夕べ(その2)

 

食事が終わった後、食器は自分でカウンターまで運ぶ。この後21時までは星を眺めて、昔取った杵柄である星座や星雲の知識を復習する。ここも管理人の得意分野だが、残念ながらこれを話す人がいない。

 

しばらくしたら寒くなってきたので、部屋でメモをつけたり、明日の飛行ルートを検討したり、泰寺コントロールに連絡して飛行許可を求めたりと、忙しい時間を過ごす。

 

そして21時になり、「飲み会」が始まる。もちろん、これも料金に含まれている。酒類はもちろん、お茶やお菓子、今朝搾った牛乳も提供される。これは殺菌処理のみがされた本物で、コップに注ぐとバターのツブツブも入っている。味はもちろん

 

「牛乳」

 

である。「こんな濃いものを飲んだら腹をこわすのでは?」と思ったが、殺菌してあるから1Lぐらい飲んでも大丈夫らしい。それよりも水道水の方が危ないらしく、「水源の水質がとても良いのであまり消毒していない」ということなのだが、本州から来た人はそれが原因で腹をこわすことがあるらしい。なんとも不思議な話だ。

 

こちらはオーナーさん

(手に持っているのは、一粒の麦ブランドの日本酒)

 

さて、オーナーと話していると、政府の農業政策の酷さについて熱く語っている。彼が言うには、TPP云々と言う前に、石油が無くては農業機械や温室やら全く役に立たない。また、卵や肉の自給率についても、「飼料はほぼ全部が輸入」であるので、この時点でもう日本の農業は崩壊していると。もちろん、これらの利権に群がっている人は既得権をがっちりと保持しているので、何とかする気も無い。

 

そんな状況下で、政府断片的に都合の良い情報のみを流し、「農業を守る」と言っては補助金を出したりして農業従事者に恩を売り、投票をしてもらう。なるほど、カネに群がる官僚なんて国民のことなどと言いつつ、自分の懐に入るものしか考えていないのだろう。

 

この話の他にも様々な矛盾をお互いに話し合い、いつの間にか24時前になっていた。若い女の子とは話すことは無かったが、とても充実した時を過ごすことができた。

 

そして今日の最後に、オーナーは宿業を引退するそうで、宿ごと購入してくれる人を探しているそうです。興味のある方は「一粒の麦」オーナーにご連絡をされてはいかがでしょうか。

 

本日の走行 170㎞

 

次の日(8月26日)へ