WRT春の定例ツーリング

〜クダラナイネタは長くモツ!〜

 

2010年4月16日

 

道の駅 新野千石平にて談笑するW氏(左)とR1-Z氏(右)

 

 

0.久々の中止か

 

4月になり、天気も周期的に変化するという春の様相を呈してきた。その週間天気予報によれば、今回の定例ツーリング開催日は雨を表示している。「今回は流れてしまうか」と心配していたが、前日になって雨は未明には上がり、当日は朝から晴れる予報になった。これを受けて、ひとまず早朝の天気を確認後、決行かどうかを判断することでメンバーと打ち合わせておいた。

 

さて、実際に当日の朝、起きてみると晴れている。メールで決行を宣言し、W氏、R1-Z氏共にO.K.ということで、8時30分に足助のコンビニへ集合となった。

 

準備を整えて集合場所へ向かうが、当方が最後の到着者であった。駐車場を見渡してみると、R1-Z氏が朝食を食べつつこちらに手を挙げている。挨拶を交わした後、なぜだかわからないが、ドルーネタの「高いよ!」から会話が始まる。何回も登場するこのネタだが、当方が栗きんとんの有名店「すや」の商品の値段を尋ねたら、ドルーに「お前みたいな貧乏人には買えないよ」という顔で言われた言葉だ。今だったら、「随分高いオーリンズのサスを装着していますが、なんでそんなに遅いんですか、なぜUターンできないんですか」なんてねっちこい嫌味でも言い返してやりたいところだ。

 

さらに当方が今朝ひらめいた「牛と豚の内臓はモツ!」という句を発表する。これは、W氏がドルーの革パンについて「良い品を身につけておられますね」と話したところ、「良いものを買えば長く持つ!」と突き放すように言われた言葉から由来している。上記の句を改変したものだが、コロッケのものまねが原型から発展?していく理由は、こういう飽きてきたことを駄洒落などで改変し、再び面白おかしくするということと相通ずるものがある。少しものまねの世界を垣間見た気分だ。

 

ところで、今日の目的地であるが、天気等を考慮して、W機長提出のフライトプランで鹿肉を食べに行くことに決定した。そして、そのW氏のニューマシンである'09モンスター1100であるが、初回の1000km点検を終了し、少しずつその本領を発揮しつつあるとのこと。前回のリポートで、機種移行訓練時間の目安を60時間程度としたが、その氏が先導機長で出発する。果たしてどんなツーリングになるか。

 

1.山を目指そう

 

まずは国道153号線で平谷方面へ北上していく。懸念された天気も回復して、陽も差してきている。ただ、冶部坂付近はちょうど山に風が当たり、上昇気流が発生するのか、天気が悪くなることがある。つまりは、飯田方面へ抜ける際に若干の崩れを予想しているのだが、これはW氏の経験談から教わったことだ。確かに、こういう雨上がりや下り坂の天気の時には、この辺りのみで雨に降られることがしばしばあるからね。

 

こんなことを考えながら同国道から平谷を右折して、国道418号線で標高を稼いでいくと、空はどんよりとした雲に覆われきた。幸いにも雨が降るようなことはなかった。

 

天気の崩れも極わずかということで、先導のW機長は40ノットくらいで中速ワインディングを飛ばしていく。当方は2番手を走行していたのだが、W氏は明らかにドゥカテイ式、ZDMM502AA型機の操縦特性に馴染んできており、前回よりも走りの鋭さが増している。機種移行訓練も仕上げに入っているのだろう。一方、当方は久々のペースが良いワインディング走行なので、肩に力が入ってしまい、腰がうまく入らずに不完全燃焼の走行で終了した。R1-Z氏もいつもの切れ味が無い。

 

こうしてやや凍えつつ平谷峠を下り、「道の駅 新野千石平」で一息入れる。ここまで来れば天気も回復し、気温も上がり暖かく、日差しも心地良い。この陽気に誘われてか、バイクもたくさん出ている。そこに派手な乾式クラッチの音を出しつつ、オーリンズのサスペンションを標準装備するドゥカティの748Rがやってくる。毎度このネタで盛り上がるのだが、オーリンズとと言えば、やはりドルーの「俺はマシンはオーリンズ装着だで」発言だ。これまた何回も申し上げているように、Uターンのやり方も知らない奴にコーナリング云々を言われたくない。奴はUターンに失敗して「なんでこんなところで曲がるだぁ〜」と転びながら叫んでいた。W氏は「R1-Z氏や当方には聞こえていないだろう」と思ったそうだが、当方はしっかりと確認しておりました(爆)。

 

また、新機種のニンジャ1000も実物を初めて見た。Zベースと思われる羊かんを合わせたようなマフラーが2回り程小さくなっており、なかなかかっこいい。この点についてW氏は「車体下にチャンバーがあるので、そこに触媒なんかを収めた結果」と知識を開陳してくれた。なるほど、確かに大きな弁当箱の存在を確認できる。しかし、それにより、リアサスのリンクを取り付ける場所が無くなってしまったが、同車はリアサスを水平に取りつけて、うまいことリンクを収めている。これについてもW氏より、「垂直マウントでは強度の高いクロスメンバーをフレームに加えないといけない。これがフレームのねじれ・横剛性過多の要因となっていたが、水平にするとそれが解消される」という解説がなされる。なるほど、さすが我々WRT連合会の査察操縦士である。乗り方だけでなく、メカに関する知識も豊富だ。

 

たくさんのバイクが出てます

 

さて、WRTツーリング名物の、「W氏によるメカニズム講座」を聴講した後、水分補給をしたところで次の休息地点までのルートを検討する。このまま418号線へ入り、ウネウネ狭路、そして当方のTDM850爆発現場を通過して、国道152号線から蛇洞林道を経て、大鹿村方面へ向かうことでプラン承認。それはそうと、ここで蛇洞(じゃぼら)林道から、「ジャバラ」についての話題が持ち上がってきた。これは、当方がW氏の旧マシンである、W650のフロントフォークブーツ(ジャバラ)がひしゃげているところをしきりに直していたことから、「ジャバラ評論家」の異名を頂いていたのだが、自分のオフマシンであるXLR125Rのジャバラが破損したにもかかわらず、3ヶ月程放置していたので「ジャバラ評論家を返上した」という、どうでもよい内容だ。理由は「自分のマシンのジャバラの管理もできない者が、ジャバラ評論家を名乗ることはおかしい」したというだけだ。

 

2.難所の国道152号線

 

引き続きW機長のコントロールで、その後方はR1-Z氏、そして最後に当方が続くという「逆査察編隊」で出発する。まずは道の駅のすぐ北側にある交差点を右折して418号線を走り、おきよめの湯まで来るのだが、この先は法面崩落で通行止めとなっている、これはしまったと今来た加藤の道を戻り、国道151号線から県道430、1号線で平岡ダム沿いの低中速ワインディングを走行し、そこから418号線に乗るプランを提出・承認しなおす。関係ないが、当方が昨年入院した病院に「平岡さん」という看護副婦長がいらっしゃる。この方は口調が実に事務的で素っ気無いのだが、仕事は早い。また、会話の内容自体は人間味がある。ここで同胞だったHONDA氏は彼女のことを「パレ平岡」と命名していた。

 

そんなくだらない過去を思い出しつつ、平岡ダムの周辺路である、県道1号線を快走していく。しかし、丁度桜の季節なので交通量が多く、イマイチペースが上がらず終了してしまった。また季節を改めて再訪してみたいところだ。

 

この後、本来走行すべきだった国道418号線に戻って、50ノット程度で快走を続けていく。さて、前述のように当方が一番後ろで走行しているのだが、W氏はマシンが変わっても「W乗り」のフォームでコーナーを抜けている。これは当方が推測するに、モンスターのようなLツインマシンは、概してフロント荷重が足らない場合が多い。そこで、19インチのW650の旋回力を引き出す為に開発された「W乗り」で、コーナー脱出時に前輪が持ち上がることを防いでいるのだろう。いずれにしても非常に安定し、速いコーナリングで惚れ惚れしてしまう。

 

こうして爆発地点を通過、国道152号線に乗り換えて北上を続けていく。するといよいよ「蛇洞林道」へ進入し、どんどんと標高を上げていく。ところで、この蛇洞林道は国道152号線の迂回路として使用されている。というのも、同国道は飯田市の日陰岩付近のトンネルが開通していないからだ。当方の勝手な推測だが、フォッサマグナなんかが通っているので、地盤などの関係からトンネルが掘れないのだろうかと思われる。

 

それはそうと、ジャバラのマシンから乗り換えたW氏は、相変わらずの鋭い走行で突き進んでおり、それに対してR1-Z氏も狼煙走法で食い下がる。さらに少し距離を置いて、当方のTDMが軽い排気音で追いかける、というめずらしい走行編隊で森を抜けていく。これは当方が、他のメンバーの走りを見て技量の向上を狙ってのことであるが、そんな余裕は無い。自分の走りを検証することでいっぱいだ。その今日の当方であるが、ニーグリップ、もっと厳密に言うと踵の締めがやや甘いだろうか、どうもマシンがバンクするタイミングがズレてしまう。もうちょっと人車一体感を得たいので、踵から膝にかけて、TDMとの間に隙間が無いかチェックしていく。

 

こうして標高を稼いていき、しらびそ高原への入り口辺りを通過するのだが、だんだんと天気が悪くなってきて小雨がポツポツと降ってきた。また、気温も低く10℃を割っているものと思われる。また、まだ谷筋に大量に残る大量の雪により、余計に寒く感じてきた。

 

ここで、W機長の判断で一旦休息を入れることにする。この時期にはあまり目にすることの無い、大量の雪を見つけてやや興奮気味の3人である。写真を撮ったり、景色を見たり、膀胱の軽量化などを行い調子を整える。また、このあたりでは桜どころか、木々の新芽さえも出ていない。まだまだ冬枯れの様相だ。それもそのはず、真夏で35℃越えの日でも、この辺りは25度以下のことがあるくらいだから。

 

残雪が多い

 

それにしてもこの蛇洞林道であるが、毎度ながら侮れないと感じる。それと言うのも、陥没箇所や道路と同じ色の砂が出ていて、状況判断が難しいからだ。区間によっては、結構危険な路面陥没も見受けられる。関係ないが、昔F1のミナルディ・モトーリモデル二チームのドライバーにエィドリアン・カンポスという人がいた。チームメイトは有名なアレッサンドロ・ナニーニであったと思う。さらに余談だが、このチームにエンジンを供給していた、レーシングエンジン会社のモトーリ・モデルニ社は、元アルファロメオのカルロ・キィティという男だか女だか解らない(実際は男です)名前の人が設立し、1,500ccのV6ターボエンジンや、スバルと共同で3,500ccフラット12エンジンを開発してした。日本がバブル景気に沸いていた頃の話である。さらに、この陥没ならぬカンポスは、レーシングチームのオーナーである。時代は流れたのう。

 

3.昼食

 

皆で会話を楽しみリラックスした後、大鹿村を目指して蛇洞林道を下っていく。相変わらず路面状況は良くないのだが、W氏の快走は続き、最終的には当方とはコーナー3つくらいは離れてしまった。だが、この辺りは山の斜面沿いに、ヘアピンカーブと短い直線で結ばれた道路が続いているので、先の方にW氏の姿を確認できた。

 

こうして、フォッサマグナの安康路頭も過ぎて、やっと大鹿村に入ってきた。ここまで来れば気温も上がり、日差しもやわらかく感ずる。さて、時間的には昼食としたいところだが、大鹿村には食堂があるかどうかわからないので、ひとまず観光協会前にマシンを止める。それはそうと、なんだか耳が痛いぞ。結構な標高差、気温差によるものだろうか。

 

さて、その観光協会に入り食事処を尋ねてみるが、応対してくれたおじさんの答えがイマイチ的を得ていないかった。そこで自由に閲覧できるパンフレットを見て、ある店に電話を入れてみる。すると、「今は忙しいから後にしてほしい」とばっさり断られてしまった。さあ困ったなぁ。

 

さらにパンフを見て行くと、すぐ近くにも食事処があるようだ。何のことは無い、TDM850時代の10年程前に、R1-Z氏と訪れた店ではないか。しかもすぐ隣がその店である。ということで、迷わずそこで昼食を摂ることに決定した。

 

この店は桜山鹿(さざんか)という名前であり、当方は持ち前のアホな思考回路を繋げて「さざん〜かのぉやぁどぉ〜」と古い歌を歌ったら、W氏も同じ事を考えていた事が判明した。「なんか悪い癖が感染したかもしれん」とはW氏の弁であるが、完全に当方の思考様式に影響されつつあるようだ。その通りだよ、ヤマトの諸君。この、「なんでも似たような言葉に結びつける行為は感染しやすい」である。しかし、迷惑にならない程度ならば生活が面白くなるので、当方は喜んで行っている(単なるアホだという話もある)。

 

また、この観光協会の裏手にあるトイレがあるのだが、その横の広場にはなぜか遊具の登り山がある。当方は「肉体改造訓練」とかアホなことを言いつつこれに登っていったところ、「管理人氏は自分の写真があまり無いだろうから写しますよ」とW氏が気を利かせてくれた。

 

登り山の滑り台を降りてくる管理人

 

こうして隣の食事処「桜山鹿」に入店し、メニューを確認する。その名の通りに鹿肉の定食が2種類用意されていて、ひとつはたたき、もうひとつは焼肉である。3人ともいままで結構ハードな走行を続けてきたので、ご飯大盛りで「たたきの定食」を注文する。時刻も14時を回っていて激腹減り状態である。

 

暫く待っていると定食が運ばれてきた。見た目は牛肉のようだ。さっそく食してみると臭み等は全く無く、なかなか美味しい。牛のたたきよりもうまいと感じたのは当方だけではなかろう。ところで、ご飯を見ると大盛りの割には少ない。これはもう1杯追加を申し出るということであったので、量も文句なかった。余談であるが、10年前はここで別に「馬刺し」も注文した。そして「馬」と「鹿」の肉を食べたので、「馬鹿肉だ」とR1-Z氏と共に笑ったものだ。あれから10年の月日が流れたのだ。まったくもって、時の流れは恐ろしいくらいに速く感じる。

 

鹿肉のたたき定食

(漬物やブルーベリーもおいしいよ)

 

余談だが、店の棚に鹿の角が1万〜2万程で販売されていた。我々が食べた肉はあの角の持ち主だったのだろう。

 

4.折り返し

 

食事の後、丁度目の前にガソリンスタンドがあったので、W氏とR1-Z氏が燃料の再搭載を行う。W氏のモンスターは200km弱で燃料警告灯が点くということだが、丁度ここの直前で点灯したようだ。また、R1-Z氏は200km以上は燃料再搭載はせずにいけるのだが、この先スタンドの存在が不明なので、ここで再搭載しておく。当方はTDMの性能に助けられて、まだ2つ目盛りが消えたのみだ。消費量は6L程度だと思われる。

 

ここからも引き続き、W機長にコントロールをお願いして走行していく。国道152号線を左折して、県道22号線の小渋湖畔ワインディングを走行していく。ここは地図で見るとなかなか良いうねり具合であるが、実際には道路法面を整備中でやけにダンプが多く走っている。おかげで道はボコボコであり、コーナー進入時に丁度凸部に当たって寝かせられない。さらに、道幅が狭いので信号が設置してあったりしたので、残念ながら不完全燃焼に終わってしまった。以前はもっと楽しく走れたのだけどなぁ。

 

そして県道18号線に乗り換え、で天竜川東岸を走行していく。いつもならば西岸の県道223号線のフルーツライン農道を使用するのだが、今回は初開拓の伊那南部広域農道をプランに入れていたのだ。しかし、結局発見できず、途中から国道153号線に乗り換えていく。

 

こうして飯田市内で、国道153号線、151号線とに乗り換えて50ノット維持、heading180で走行を続けていく。超快走であるのだが、ここ151号線は153号線と違ってかなり道が空いている。また、整備も遅かったので、路面も綺麗な場所が多い。そういえば、当方が1年の浪人期間を終え、大学に入った1992年当時は、まだ天龍村の峠道は細く、未舗装路も残っていたと記憶している。それにしてもあの当時は、'90NS50Fでよく走り回っていたな。

 

さて、快走を続けながら、往路に休息した新野千石平を越えて、さらにその先のワインディング走行がを楽しんでいく。あまりの快走に当方は置いていかれ気味だ。また、R1-Z氏も全開に次ぐ全開で走行しているようで、頻繁にギアチェンジ・アクセルワイドオープンを行っているようだ。

 

5.道の駅 信濃路下條

 

快走に次ぐ快走で少々疲れてきたので、道の駅 信濃路下條にて休息をする。ところで、プランにあった伊那南部広域農道であるが、地図で調べてみると、県道からさらに一本東側に入ったところにあったようだ。どうりで、見つけることができなかった訳だ。この件については、またソロで来たときにでも開拓しておくこととしよう。

 

ところで、この道の駅はいろいろと面白いことがある。ひとつは「峰竜太のふるさと」に立地しているということだ。そして、名物の「やきもち」という五平餅に具を混ぜたような食べ物があるのだが、ヨモギが入ったものがある。その名も「みどりやきもち」である。当人にしてみれば、冗談きついよというところだろう。

 

そしてもうひとつは、建物二階の食堂のメニューに「ざるそばの食べ放題」が用意されていることだ。当方は6枚食べてヒーヒー言ったことがあるが、12枚も食べたツワモノがいるらしい。

 

それはそうと、前述のように快走で少々疲れたので、定番のソフトクリームを食べることにする。ちょうどここには、別棟の南信州ミルク工房「遊牧館」があり、牧場直送の牛乳で製造した乳製品がたくさん売られている。

 

当方は抹茶とヴァニラのミックスソフト、W氏とR1-Z氏は生キャラメルソフトを購入し、外で腰掛けて食べることに。ここでW氏から「アイスナメナメですねぇ」と、当方の過去のリポートによく登場する句が発せられる。確かに、ここで、「アイスナメナメ、151号線の快走について皆で話し合う」という記述になることは間違いない。W氏に先を読まれてしまった。また新しい句を考えないとイカンですなぁ。

 

アイスナメナメのW氏

 

また、当方がちょっと小腹が空いたので、前述の「みどりやきもち」を購入して食べることにする。これにつられてか、W氏も姉妹品の「竜太やきもち」を購入したので、3名で食す。ところで、このやきもちは「C級グルメ」と副題が付与されているのだが、一口食べてみてその意味が解った。味の詳細についてはここでは記さない。

 

大々的に宣伝されている

 

それはそうと、ここで、先ほどの小渋湖のワインディングの走法について、W氏から助言がなされた。氏の見解では、「マシンにしがみついてはいけない。わざとニーグリップを緩めてフニャフニャと人間サスペンションになる必要がある」と。さすがは査察操縦士、10,000時間以上の経験に裏打ちされた技術はダテではない。それはそうと、「フニャフニャの人間」といえば、2輪レースで時々ハイサイドを食らった際に気を失って、放り出され、ゴム人形の如くなるライダーがいる。最近まで第一線で活躍していた伊藤真一もこの憂き目に遭ったことがあるとW氏が解説してくれた。

 

6.茶臼山〜農道〜YG

 

さて、そろそろ出発しますかと駐車場へ向かうと、KTMデュークを発見した。このフェンダーが、その昔、日曜日夕方に放送されていた「科学忍者隊 ガッチャマン」の敵キャラ「ベルクカッツェ」が装着しているマスクとそっくりだ。故に、我々はKTMといえば「ベルクカッツェ」なのだが、まさかここで出会うとは思わなかった。皆で大うけしつつ、「管理人氏、写真撮らないの」と促されたので、パチリ。

 

 

KTMと言えばベルクカッツェ

(フェンダーの張り出しに注目)

 

こうして道の駅を出発し、国道151号線を快走していくと愛知県に入る。そして、国道を右折して県道506号で茶臼山山頂をを目指すのだが、ここも中、低速ワインディングが続く快走路だ。当方はTDMを完全にアテにした「トルク走法」で楽していられるが、R1-Z氏はかなり必死の様相だ。特に上り急勾配のヘアピンでは、1速まで落としているのだろう。それとは逆に、W氏はどんどんと先に行ってしまう。トルクと軽量さを活かして、鋭い走りをしていることだろう。

 

こうして標高1147mの駐車場で休息するのだが、。陽も傾いてきており、気温も下がってきた。おまけのこの標高なので寒い。グローブに冬用のアンダーグローブを装着する。

 

ちょっと余談だが、この駐車場は傾斜がついており、標高を示す看板が二枚設置されている。各々、標高1147Mと1146Mと示されているのだが、確かに1147Mの方が少しだけ高い位置にある。何かこだわりがあったのだろうか。

 

少々寒いのでさっさと下山することにして、茶臼山高原道路を快走し、折元I.C.で県道10号、笹暮もみじ街道といつもの技量維持コースを快走していく。相変わらずW氏の速さは別次元のものであるが、W650時代から既に次元が違っていたので、今更驚くこともなかろう。本人曰く「反則技を使っているようなものだ」と。確かに、反則なくらいに速い。

 

一方、当方は自分のペースを維持して、しっかり減速し、リアタイヤのグリップ力と豊富なトルクで旋回力を創り出し、その後加速する走法に徹する。序盤に苦しんだニーグリップの甘さも改善されてきたようで、マシンとの一体感も感じられるようになってきた。R1-Z氏はひたすら全開に次ぐ全開で楽しく走行していることであろう。

 

「ちょっと乗れてきたので頑張ってみようか」と、直線はアクセルを大きく開けてみる。また、コーナー突っ込みでも目線をもっと意識すれば、まだまだいけそうだ。しかし、爆発が怖いので、あくまでも余力を残した走りにこだわってみる。技量維持は大切だが、技量把握も重要な項目であることは、今更言うまでもなかろう。

 

この後は国道256号線で北上し、153号線を渡って再び岐阜県に入り、県道11号でYG湖畔ワインディングをこれまた快走(W氏は激走か?)する。さて、後半はかなりワインディング路を集中して走行してきたので、疲れが出てきた。YG湖畔は軽く流して終わりとしよう。既に陽も落ちかかっていることだし、砂も出てあまりよい状況ではない。

 

7.解散

 

YG休息所では、次回の予定をGWと仮に決定したのだが、「ドルーをわざと誘い、ケチョケチョに文句を言ってやりたい。今だったら思いっきり言ってやれる」と、少々の不満が噴出する。彼は今や伝説の人物になってしまったようだ。当方だったら、こんな伝説は残したくない。

 

YG休息所にて

 

この後、再会を誓い、流れ解散とする。R1-Z氏は猿投グリーン、当方とW氏はドルーコンビニその2前で別れた。W氏はこの後、お決まりの書店を訪れて、知識を仕入れたと帰着メールにて報告を頂いた。

 

8.まとめ

 

さて、今日はシーズン2回目のWRTツーリングだったが、思いのほか距離が伸びた。やはりこのメンバーだと楽しく走ることができるので、どんどん走っていってしまう。こういう仲間がいるということは、まったくもってありがたい。これからも大事にして、たのしくツーリング生活を送りたいものだ。

 

あと、W氏の機種移行訓練はとっくに終了しちゃいましたね。だって、あの走りだもの、完全に人車が一体になってるもんなぁ。

 

本日の走行 360km

 

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